2026.05.05 16:00
2026.05.05 16:00
あなたが心の底から求めている何かを『トランス』は提示してくれるはず
──この作品に限らず、他者との信頼関係を構築するうえで、普段から意識されていることはありますか?
お芝居に関していえば、私はもともと、自分がどうしたいかを主張するタイプではありません。それよりも、演出家の演出意図や、みんなが何を理想としているのかが大切だと思うし、私はそれが知りたい。それらを踏まえたうえで、「じゃあこうしませんか」と自分の考えを提示するんです。
──こうしてお話ししていると、岡本さんのその姿が浮かんでくる気がします。
人によってこのスタンスは、“ずるい”と映るかもしれないし、「もっと意見を言い合おうよ」とおっしゃる方もいるかと思います。自分でもそう思っていた時期があるんですけど、いまはこのスタンスも肯定しようというか、自分で自分を責めることがなくなりました。創作に関わるときのスタンスは、みんな違ってみんないいいじゃんって。

──岡本さん自身も、ほかの誰かのスタンスを肯定する。そういうスタンスですね。
自分の考えを主張し合うものだけがクリエイションではない。そう思うんです。一緒に時間を過ごしていくうちに、個々の主張が滲み出て、それを汲み取り合う方法だってある。『トランス』の稽古場もそうなっていると感じています。
──そういった他者との関わり方は、普段からのものでもあるんですか?
だと思います。だからなのか、「玲はあんまり自分を出さない」とか、「岡本さんは何を考えているのか分からない」って言われることが多々あります。自分では最低限、思っていることを口にしているつもりなんですけど(笑)。なのに、「本当のところは話さないよね」と言われたり。
──それはお友達から?
言われたんですよ。ちょっと驚きました。私としては本当のことを話してるつもりだったから。でも、何かに悩んでいる最中は、そのことについて話すことはないかもしれません。
──人それぞれに、話せるタイミングってあると思います。
ですよね。別に隠してるわけじゃないんですよ。でも改めて考えると、やっぱり傷つきたくないからなんでしょうね。話せば何か期待してしまうかもしれないし。無意識のうちに自分の心を守ろうとしているのかな。
──そういうやり取りが生まれる時点で、特別な信頼関係ができているのを感じます。
友人からこの言葉を言われた時期、ちょうど『ロビー・ヒーロー』という舞台の稽古に打ち込んでいました。そこで演出の桑原裕子さんから、「玲ちゃんは相手が傷つかないようにセリフを口にするよね」って言われたんです。友人とのやり取りがあった、すぐあとのことです。
──同じ時期に。
「あ、芝居に出るんだ」と思いました。私は自分が傷つきたくないからこそ、まずは相手が傷つかないようにセリフを口にしていた。友人が私に伝えたかったことと桑原さんの言葉が、このとき重なりました。
──でも、演劇の稽古場で発する言葉は台本に書かれているものですよね。あくまでも役のセリフとして割り切れないものですか?
いえ、私としては割り切ってセリフを口にしていたつもりなんですよ。でも、自分を無意識のうちに縛るルールって、すごく強いものですね。頭では分かっていても、あの頃の私にはうまくできなかった。日常とお芝居のつながりを感じた瞬間でしたし、もっと深く誰かと向き合うことの必要性を感じました。
──それは大きな気づきですね。
誰かの視点や言葉をとおして、私はそんな自分を発見できた。友人にも桑原さんにも感謝しています。

──日常とお芝居のつながりのお話が出ましたが、現実とフィクションの境目が分からなくなることってあったりしますか……?
あります。すごくあります。
──やっぱりあるんですね。
それはそれでいいんだと、もう受け入れています。よくあるのが、実際には体験していないことが記憶に刷り込まれていたり。幼い頃から妄想する力が強くて、ここで生まれたものを事実だと認識してしまうことがありました。なので自分の記憶というものをあまり信じ過ぎないように気をつけているんです。
──『トランス』ともつながってくるお話ですね。岡本玲という人間の人生に、演じる役の人生が混ざり合ってくることもあるんでしょうか?
あると思います。これは『トランス』が描いていることでもあるのですが、妄想が真実になる瞬間ってあると思うんです。あるいは、妄想の中にこそ真実が隠れていたり。だから私は、「それはそれでいい」と思っているんです。
──なるほど……。
たとえばドキュメンタリーって、完全に他人の話だと思いますよね。そこには誰かしら、自分ではない固有の存在がいるわけですから。
──ええ、分かります。
だからある意味、傍観できる。でも劇映画や演劇のようなフィクションの場合、私たちは自分がその物語の主人公になったかのような気持ちになることがあります。すごく違和感のある不思議な体験だけど、ここから自分なりの真実を見つけられることがあるんじゃないか。そう思うんです。だから私はフィクションに触れると、心がかき乱されることが多いんです。
──岡本さんが立ち上げる役の人生や物語から、何かを見出す観客もたくさんいるでしょうね。
そうだったら嬉しいです。
──最後に、30年以上も前に生まれた『トランス』が、いま上演される意義や意味についてお聞きしたいです。
『トランス』が生まれた頃と違って、いまはSNS社会ですよね。この時代を生きる一人ひとりが、いくつもの自分というものを持っていると思います。どれが本当の自分なのか分からなくて、不安になったり、急に虚しくなったりすることって、あると思うんです。そんな全部をひっくるめて肯定してくれるのが、この『トランス』という作品です。あなたが自分自身に対して心の底から求めている何かを、この作品はきっと提示してくれるはず。暑苦しいくらいのエネルギーで、お待ちしています。



