2026.05.05 16:00
2026.05.05 16:00
芝居というものに熱い心で向き合う演技者。
俳優・岡本玲のイメージは、これだ。実際に舞台上で演じている姿もそうだが、彼女が口にする真摯な言葉の一つひとつからも、やはりそんな印象が生まれる。いまの岡本を構成しているのは何なのだろうか。
彼女が現在挑んでいるのが、鴻上尚史の作・演出による舞台『トランス』。1993年に初演され、全国のさまざまな団体によって上演されてきた傑作戯曲だ。
現実と妄想の狭間で繰り広げられる3人の男女の“愛”の物語に、岡本はどう向き合っているのか。彼女が口を開くとき、ここにまた新たな俳優・岡本玲のイメージが立ち上がる。

自分のことを“容れ物”だと思っていました
──このインタビューの実施日は4月17日で『トランス』の初日まであと約10日ほどですが、お見受けするかぎりすごく健康的な印象です。
『トランス』はとてもエネルギーのある作品ですし、演出の鴻上さんもパワフルな方なので、稽古場には健康的な空気が流れているのを感じます。とはいえ、あと約10日ですか……。いま一気に緊張感が込み上げてきたのも正直なところです(笑)。
──でも、実感としてはかなり順調だと。
だと思います。不安要素があるのは自分の中だけ。みんなでブラッシュアップしていく段階なので、クリエイションの進み具合に関しては順調ですね。
──岡本さんは『トランス』について、“多くの演劇人に愛され続けてきた偉大な戯曲”とコメントされていますよね。
鴻上さんの代表作にして伝説的な戯曲として、その存在は知っていました。でも、なかなか手にする機会には巡り合えなかったんです。いざ読んでみると、やはり衝撃的でした。もっと早くに出会いたかったし、多くの演劇人に愛されている理由が分かる。いまの私にとって、プレゼントのような作品です。
──衝撃的だったんですね。
いまから30年以上も前に書かれた作品ですが、読んでみると、「なんでこんなに自分のことを分かってくれるんだろう」と思う瞬間が何度もやってくるんです。はじめて出会ったものなのに、すごく身近さを感じる。不思議です。

──岡本さんが身近さを感じたポイントについて、もう少しお聞きしたいです。
私が演じるのは精神科医の紅谷礼子というキャラクターなのですが、彼女と私自身が近いものを持っていると思うんです。すごくマジメに生きてきたところや、何かに囚われて自分で自分を縛っているところとか。これは『トランス』に登場する全員に共通するものでもあるんですけど。
──はい。
ちゃんと誰かを愛したいと思っているし、それよりもまず、自分で自分を愛したいと強く思っている。「自分が何者か分からない」というセリフに触れたとき、まさに私のことだと感じました。私自身、そんなに心の強い人間ではありません。だから若い頃は自分のことを“容れ物”だと思っていたんです。
──容れ物ですか。
私に対する誰かの価値観を、「岡本玲」というこの容れ物に入れて生きるんです。かつての私は、そのほうが生きやすかった。誰かの求める自分でいることが、周囲の人々をハッピーにし、結果として私自身もハッピーになる。そう信じ込んでいた時期があるんです。『トランス』が描いているのって、まさにそういうことだったりするじゃないですか。
──その容れ物的な感覚は、いつ頃に芽生えたものなんですか。
小学校の高学年くらいかな。お仕事をはじめた頃でした。

──はじめて岡本さんをテレビで見たとき、とてもキラキラしている人だと思いました。でもあの笑顔の内側には、そんな気持ちを抱えていたんですね。岡本さんと『トランス』の出会いは必然だったのだと思えてきました。
誰かが喜んでくれることが私は嬉しかったんです。でもその反面、私は私自身の本音や欲求に蓋をしていたともいえる。誰かが喜ぶことばかり優先し続けているうちに、ふと、「本当の自分はどこにあるんだろう?」という問いが生まれました。大人になってからの気づきです。
──その問いが、現在の演技者・岡本玲の活動につながるわけですね。
確実につながっています。いつかの私は、自分が何者かになることを否定していました。何者かになろうとすることを、恥ずかしいことだとすら思っていた。でも、私だって何者かになろうとしたっていいじゃないか。30代に入ってからはとくに、そう思います。ある種の開き直りかもしれません。でも、すごく生きやすくなったし、お芝居もより楽しめるようになりました。
──他者や自分自身を肯定しようという姿勢もまた、『トランス』と通じ合うものだと感じます。
鴻上さんの作品って、根底に強く大きな愛がありますよね。誰のことも見捨てないし、置いてけぼりにしない。もしも誰かが躓いたり、立ち止まってしまったとしても、それさえも肯定しようとする。鴻上さんの描く愛がこの作品には詰まっています。
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