『外道の歌』に感じた“深さ”、共感し合う人生のルールとは
「バランスの取り方が俺らは似ている」窪塚洋介×亀梨和也が再共演を経て語るリスペクトと変化
2026.05.07 19:00
2026.05.07 19:00
窪塚さんのエピソードを聞いて腑に落ちた
──視点を少しズラすことで、物事の見え方がまるで変わってくると。
亀梨 日常的に流れてくるニュースだってそうです。捉える角度をほんの少し変えるだけで、その見え方は大きく変わってくる。『外道の歌』に触れていると、そういうことを考えさせられますね。ひとつの物事の見え方って、じつはそんなに単純じゃない。
窪塚 うん、本当に。人間だってそうだしね。思っているよりもずっと複雑。
亀梨 たとえば、ここで僕が飲み物をこぼしたとします。するとここには“亀梨和也が飲み物をこぼした”という事実が生まれるわけですが、見る角度を変えればそれ以外の事実も浮かび上がってくるかもしれない。僕が何かを隠すために、わざとこぼした可能性だってある。世の中で起こる出来事も、人間が取る行動も、僕らが考えている以上に複雑です。

窪塚 そうだね。俺は『外道の歌』に出会ってから、ニュース報道の見方が変わった。どうしても『外道の歌』のフィルターをとおして見ちゃう。
亀梨 分かります。残酷なニュースに触れるたびに、現実世界と『外道の歌』は完全に地続きなんだって思い知らされます。
窪塚 そもそも、実際に起きた事件との出会いが作品の出発点だもんね。
──現実との接点を強く感じるからこそ、いくら「ファン」とはいえ、無邪気に楽しんでいいわけではないとも感じています。このドラマシリーズも含め、エンタメ作品との付き合い方や距離感を再考させられるものでもあるなと。
窪塚 亀ちゃんが善悪の価値観について話してくれたけど、何が正義で何が悪なのかは、立場によって変わる非常に曖昧なもの。この「復讐屋」の物語は手触りとしてはエンターテインメントだけど、そこにはただならぬ深さがありますよね。
亀梨 「SEASON2」はさらに視点が増えて、より複雑化していきます。

──つい眉をひそめてしまうハードな描写がたくさんありますが、実際の現場の空気感はどんなものだったのですか?
亀梨 真逆ですよ。
窪塚 柔和で和気あいあいとしていて、穏やかなんです。
亀梨 思いやりのある現場ですよね。インティマシー・コーディネーターの方が入ってくださって、センシティブな描写を撮る際にはとくに、お互いを気遣いながら丁寧に取り組みました。
窪塚 撮影でエグいことをやっているからこそ、みんな穏やかでいようとしていたと思います。あれで現場が殺伐としていたら、相当しんどいと思う。
亀梨 耐えられない。
窪塚 役に入り込んだ俺が、車からスパナを持ってくるとかね(笑)。
亀梨 やばいやばい(笑)。「完全に入ってる!」みたいな。
──でもひと昔前だと、そういうアプローチこそ称賛されるような空気もあったわけですよね。
窪塚 “メソッド俳優”といわれる人たちの手法ですね。あれ、俺はすごく嫌いなんですよ。

──その話、かなり気になります。
窪塚 これはとあるハリウッド映画に出たときの話なんですけどね。この映画の主演俳優が、作品に取り組んでいる最中は、寝ても覚めてもその役でいるメソッド俳優なんですよ。彼には映画の世界の内と外の境目がないから、オンとオフがなければ、撮影の際のカットもないわけ。
──はい。
窪塚 あの撮影中、物語の展開に合わせて彼が痩せていかなくちゃならなくて、現場での食事の量が減らされていったんですよ。その横で俺がハンバーガーなんかを食べていたら、しだいに恨まれるようになって(笑)。目が合ったりすると、完全に怒っているのが分かるんです。最初はギャグだと思っていたんですけど、これがどうやらガチで。現場でずっと溜め息をついているんです。
──なるほど……!
窪塚 これにはしだいにチームのみんなも参っちゃって。さっきまで穏やかだった現場の空気が、彼が溜め息をつきながらやってくると沈むんです。それが俺は本当に嫌だった。正直な話、すごく迷惑だと思った。完成した映画の中の彼は素晴らしかったですよ。でも撮影中に、「芝居をしたらいいのにな」と思ったのも正直なところでした。
──俳優が俳優について語る、とても貴重なお話です。
窪塚 「電柱が見えていて集中できない」みたいなことを言い出すから、それなら電柱がないかのように芝居をすればいいのになって。ちなみに、いまは彼のことが好きですよ(笑)。
亀梨 この話は僕も前に聞かせてもらったのですが、本当に面白いです。それから窪塚さんの芝居に関する話だと、若手時代に取り組んだという、エチュードのエピソードも面白い。
窪塚 あれね(笑)

──その話もぜひ。
亀梨 公園のベンチで目覚めたら、タイムスリップしていた──という内容のエチュードを街中でやらされたっていう。窪塚さんの言う「芝居」というのは、そういうある種のゾーンに自分を持っていくということですよね。でも、役を演じるうえで別人になりきってはいるものの、自分自身の人格や感覚がこれを邪魔してくることがあるじゃないですか。
窪塚 うん。
亀梨 若い頃は引き出しも少ないから、僕の場合はいただく役が自分に近いものがほとんどでした。でもこうして年齢と経験を重ねていくうちに、自分にないものを表現しなくちゃならないことが増えてくる。そこでは自分自身の持っているものが、演じる役の妨げになったりするものだと思っていました。でも、自分は自分のまま「芝居」をすればいいのかもしれない。そういうことを実感しつつあるときに、窪塚さんのこの2つのエピソードを聞いて。僕なりに腑に落ちたんです。
窪塚 でもさ、エチュードのあれは不審者でしかないから。
亀梨 きついだろうけど、すごい体験ですよ。
窪塚 いま同じことをやったとしたら、きっと何かの撮影だろうと思ってもらえるはず。でもあれはまだ何者でもない頃の自分だったからさ。本当に不審がられるんですよ。でもガチでやらないと、遠くから先生が見張ってるから(笑)。
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