ドラマ『犯罪者』での共演を経て二人が持つと決めた視点とは
世界の理不尽に、表現者・担い手として何をすべきか。斎藤工×水上恒司が理想の現場で築いた連帯感
2026.07.30 19:00
2026.07.30 19:00
僕たち世代の唯一の役割は、邪魔をせず弾除けになること
──今回の共演を経て、お互いに対してどんな印象を抱いたか聞かせていただけますか。
斎藤 この素晴らしい現場を共有できた相手が、高橋さんと水上さんだったことに意味があったと僕は思っています。かなり貴重な経験を一緒にさせてもらったという点で、今まで出会った俳優さんたちとはまた別の連帯感があるというか。一緒に過ごした時間は僕の中で宝物のようでした。
水上 僕も同じ気持ちです。弱い犬ほどよく吠えるという言葉があるように、声も表情も荒げず、淡々としている人のほうが怖いなって感じるじゃないですか。今回、斎藤さんはまさにそういうお芝居をされていて。きっとそれは斎藤さんが持っている技術とフィジカルによるものであり、僕が役者として獲得すべき境地の一つでもある。メソッドじゃないですけど、きっとどこかに力を抜いていられるスイッチがあるんだろうなと思って、それを探るような気持ちでお芝居を見させてもらっていました。
斎藤 僕は水上くんの佇まいが素晴らしいなと、現場にいて感じていました。撮影の合間にずっと読書をされていたんです。そうやって常に新しい何かを探求し学び取る姿勢が素敵ですし。これまでのキャリアを拝見していても、自分がNOだと思ったことはNOだと言える、ちゃんと自分の足で一歩一歩進んでいくことを体現されているじゃないですか。それができる存在は、水上さんの世代では稀有だと思います。現場でも、そういった強さを感じる瞬間が何度となくありましたね。

──巨大な悪に対して、一人では太刀打ちできない。でも、想いを受け継いでいけば、いつか風穴を開けられるという希望を感じる物語でした。斎藤さんは、長く芸能界にいる中できっと上の世代からいろんなものを受け継いできたと思います。その中でも特に大事にしているものはありますか。
斎藤 正直に言うと、受け継がなくてもいいものまで受け継いでいるという反省はあります。その上で、温故知新という言葉があるように、今改めて古典から学ぶものは多いのではないかなとは感じますね。と言うのも、昨年、いろんな映画祭でポン・ジュノさんが「短編映画とSNSのショート動画の違いがわからなくなってきている今こそ、映画というものがなんなのか、古典を観て改めて学ぶことをお勧めする」ということをおっしゃっていて、本当にその通りだなと。
僕も板谷由夏さんとWOWOWで映画情報番組(『映画工房』)をやっていたときは意図的にクラシカルなものを観るようにしていたんですけど、番組のレギュラー放送が終わってからなかなかそれも難しくなっていて。海外の映画祭に行くと、小津(安二郎)、成瀬(巳喜男)、溝口(健二)のワードが共通言語として当たり前のように出てくる。むしろ海外の方のほうが日本のクリエイティブの文化的価値をよくわかっている気さえします。料理で言うところの出汁のようなものが、かつての日本の映像文化にはあった。そういった目に見えないものにもう一度フォーカスする必要性があるんじゃないでしょうか。

相馬亮介役の高橋一生、繁藤修司役の水上恒司、鑓水七雄役の斎藤工
──斎藤さんは現在44歳。次の世代に受け継ぐことも意識下に入ってくる年代だと思います。そのあたりについてはどんなことを考えていますか。
斎藤 邪魔しない、ということが僕らにできる唯一のことなんじゃないかと思います。それこそ今9歳の永尾柚乃さんと一緒に映画をつくらせてもらっているのですが、本当に脚本が素晴らしくて。他の脚本も読ませてもらいましたが、どれもちゃんと彼女の視点がある。そういう才能を目の当たりにすると、大人だからといって僕が何か彼女の表現を導こうとするなんておこがましいなと。
それよりも、ただただ邪魔をしないことです。正直、僕たちの世代には何かを自分たちで変えるエネルギーが足りていないし、実際に実現できてもいない。だから、すごく無責任かもしれないけど、次の世代が変えてくれることを願っているんですね。そのために、若い世代の弾除けとなり風除けとなることが、僕たち世代にできる唯一の役割だと思っています。

──水上さんは、斎藤さん世代からどんなものを受け継いでいきたいと考えていますか。
水上 斎藤さんは自分たちは何も実現できていないとおっしゃいますが、上の方々が築いてきた歴史であったり、経験や情熱を受け継いでいくことが大事だと僕は思っています。それこそ、さっき斎藤さんがおっしゃった古典という言葉を聞いて、芝居の起源になったものはなんなんだろうって自分なりに考えたんですけど、昔の方たちは無病息災や豊作を祈って舞を奉納していたと言うじゃないですか。きっとあれが芸として派生していって、芝居になったんじゃないかと思ったんですね。
となると、僕たちのつくる娯楽というものは、根本として観た人に生きる勇気や元気を与えるものであるべきじゃないかなと。それは決して明るいお話とか元気が出る映画とか、そういうことだけではなくて。たとえ玄人筋にしか受けないような作品でも、ちゃんと観る人の心に前向きな希望は与えられる。実際、そういった作品を今まで先輩方はたくさん残してきました。その魂を受け継いでいくことが、一人の映画人として今の僕にできることなのかなと思います。

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