ドラマ『犯罪者』での共演を経て二人が持つと決めた視点とは
世界の理不尽に、表現者・担い手として何をすべきか。斎藤工×水上恒司が理想の現場で築いた連帯感
2026.07.30 19:00
2026.07.30 19:00
この世には、様々な理不尽がある。強大な権力によって個人は容易くねじ伏せられ、怒りも抵抗も飲み込まれてしまう。
現在配信中のPrime Originalドラマシリーズ『犯罪者』もまた理不尽と闘う人々の物語だ。白昼の駅前広場で発生した通り魔事件。その唯一の生き残りである修司(水上恒司)は、事件後、何者かに命を狙われるようになる。はたしてこの通り魔事件の裏側にあるものは何なのか。その正義感の強さから組織内で孤立しがちの刑事・相馬(高橋一生)。元テレビマンで現在はフリーライターとして生計を立てる鑓水(斎藤工)。そして、平凡な青年だったはずの修司。3人の男たちの運命が事件をきっかけに交錯し、闇に覆われた真実を暴き出す。
この世界にはびこる理不尽に、私たちはどう向き合えばいいのか。斎藤工と水上恒司。二人の俳優が今胸に秘めていることを聞いた。

すべての現場がこうであればと思うような現場だった
──脚本を読ませていただいて、この作品の根っこにあるのは、日本という国に染みついた隠蔽体質のような気がしました。お二人は、この作品が問題提起しているものにどんなことを思いましたか。
斎藤 原作の太田愛さんはこれまでも脚本家として『相棒』のような人気シリーズを手がけていらっしゃいました。ただ、地上波のテレビでは描けない題材というのがあって。それをやってやろうというカウンター精神のようなものを感じましたね。
水上 国に対して何か問題提起をしたくても、いち国民には選挙に行くということくらいしかできない。でも、作家である太田先生は本を書くという手段がある。太田先生は書くことで、今の国や社会に対する危機意識を表現されたんだなと思いました。
斎藤 デビュー作で上下巻。それだけでも太田さんの意欲を感じますし、7年の時間をかけて紡がれた物語は、太田さんの専門家を超えるレベルの綿密なリサーチによって裏付けされています。日本の見えない輪郭を描いた本作は、民放ではできない。配信だからこそできる挑戦だと思っています。
水上 確かに民放では取り扱えないような内容ですよね。その作品に参加するということは、僕は問題の提起人ではないけれど、傍からは提起人の一人に見られてもおかしくないということ。なので、僕はとにかく修司という役の本質を捉えながら、いかにこの物語の骨格を担う3人のうちの一人になれるかを考えて現場に挑みました。
──そんな太田先生の原作を映像作品に立ち上げたのが、松永大司監督です。
斎藤 松永監督の現場はかなり特殊というか、僕の中で白と黒がひっくり返るようなインパクトがありました。俳優業を長く続けていくと、こうやればいいという数式みたいなものが蓄積されていくんですね。でも、この現場ではその数式が通用しない。僕の役者としてのあり方そのものを変えてくれるようなリハーサルを経験させてもらいました。

──というのは、何が特殊だったんでしょうか。
斎藤 台本に書かれていない部分について役はどう思ったのか、というようなことを松永さんは引き出してくださるんです。たとえば、車から誰かが出ていくとします。それを追いかけるときにどういうふうに出ていくのか。松永さんは物語のためにすべきことと、役の生理として無理がないかの折り合いを丁寧に探ってくださる。なんだかそれがフィクションとドキュメンタリーを合わせていく作業のようでした。きっと松永さんは素材の力がいちばん生きるのは無意識の中だと考えている気がして。そんな“無意識の意識”を引き出すために役者と向き合う時間が、松永さんにとってのリハーサルなんだろうなと。
水上 今回、松永組を経験させていただいて、このやり方をリハーサルと言わなきゃいけないよなって思いました。現状としては、リハーサル=みんながどんな芝居をするかの確認作業になっている気がするんですね。でも、松永さんは本番をいかにいいものにできるか、その精度を高めるためにリハーサルを設けていて。だからこそ、僕たち役者もいろんな学びが得られる。松永さんのリハーサルは、役者が育つリハーサルだと思います。

斎藤 印象的だったのが、松永さんはそのシーンを撮る前に必ず台本を見直しされるんです。そして、そこで不要だと思った箇所を削ぎ落とすことを厭わない。僕たちとしては準備してきた台詞を削られることにはなるのですが、なぜそれがいらないのかを説明してくださるので、納得して松永さんに委ねられた。その信頼というのは、やっぱりあのリハーサルがなければ成立しなかったものだと思います。この作品に参加して以降、僕の表現は少なからず変わっていて。それは松永さんから受けた影響が大きいですね。
水上 台本に書かれていることや監督から言われたことをただやるだけが役者ではないように、監督もまたスタートとカットをかけられたら監督というわけではないと思います。役者にお任せしますではなく、役を魅力的に立ち上げるためにどうアプローチすればいいのか。それぞれの役者に合った方法で引き出していくのが、演出というもの。松永さんはまさにそういう演出をつけてくださいました。すべての現場がこうであればいいのにと思うような現場でした。
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