最新出演映画で演じたクズ夫役の秘めた背景と本心とは
「作品ごとに芝居を変えていくのは面白い」塩野瑛久にとって“人間を演じる”ということ
2026.06.29 18:00
2026.06.29 18:00
その端正な顔立ちは、気軽に近づくことすらためらわれるほど美しい。でも本人は、フォトグラファーの手にするカメラに興味津々といった様子で、まるで近所のお兄ちゃんのように気さくに話しかける。穏やかで、真面目で、でもどこか抜けているところがあって、塩野瑛久という人はいとしいくらいに人間らしい。
大河ドラマ「光る君へ』で大きく飛躍を遂げ、今年は発表されているだけでも5本の映画に出演。そのうちの1作が『マジカル・シークレット・ツアー』だ。
平凡な主婦、だったはずの和歌子(有村架純)は生活苦から金の密輸に手を出す。そこで出会ったのが推し活が生きがいの研究員・清恵(黒木華)と、毒母との関係に苦しむ未婚の妊婦・麻由(南沙良)。罪を共有した3人はかけがえのない仲間となり、まるで青春を取り戻したようにまばゆい時間を駆け抜けていく。
塩野が演じるのは、和歌子が生活苦に陥る原因となった夫の高志。会社のお金を横領したことから解雇となり、それを和歌子に秘密にしたまま、ある日突然倒れ、妻子を路頭に迷わせる。
設定だけ見れば、絵に描いたようなクズ夫。だけど、塩野瑛久はそんな単純に演じない。役の背景を丹念に掘り下げ、そこで生きている人間として命を吹き込む。その誠実さに惹かれ、私たちはますます塩野瑛久に夢中となるのだ。

高志はちゃんと和歌子を愛してるし、守りたいと思ってる
──今回、塩野さんはこの作品のどんなところに惹かれて出演を決めましたか。
いちばんは監督の天野(千尋)さんに声をかけていただいたことです。天野さんは僕の出ている「天狗の台所』というドラマの脚本を担当されています。この秋からシーズン3が始まるくらいたくさんの視聴者の方に愛される作品になりましたし、僕自身も心から大好きな作品。いつも脚本を読みながら天野さんの言葉の紡ぎ方に魅力を感じていたので、ぜひ一緒にやりたいという気持ちで参加しました。
──今回の塩野さんの役、とっても面白かったです。和歌子が金の密輸に手を染める元凶のはずなのに、なぜかお話が進むにつれて、まるで和歌子が悪くて、高志が振り回されている感じになっているという。この高志をどういう立ち位置で演じたらいいのか、バランスが難しい役だったと思います。
僕も最初に台本をいただいたとき、そこにすごく悩みました。どちらにも振れるんですよね。わかりやすくクズ夫として演じることもできれば、少ない登場回数の中でも、ちゃんと高志と和歌子の間に心のつながりがあったんだと表現することもできるなと思って。
高志は大きな病気をして、死というものをリアルに感じた。僕が今まで見てきた中でも、そうやって死の淵に追いこまれた途端、周りに優しくなる人っていたんですよね。ちょっと横暴だったり周りへの感謝が足りないような人でも、死の恐怖を経験すると急に一つひとつのことに感謝をしはじめたりする。
高志の場合、病気で倒れるところから物語が始まるから、その前がどういう人間だったかは台本ではわからない。そこをどう掘り下げようかなと思ったときに、大きなヒントになったのが、監督からのインタビューでした。
──インタビュー?
有村さんと監督と僕の3人で読み合わせをしたときに、監督自身がいろいろと質問を用意してくださって。それこそ今こんなふうに取材を受けているみたいに、役として有村さんと僕が監督からの質問に答える、というのをやりました。

──面白い。監督からはどんな質問があったんですか。
たとえば、「高志にとって和歌子はどういう人間ですか」とか。それを和歌子が目の前にいる状態で、第三者に説明するように答えていく。だから、心の内を全部正直に話すわけでもないんです。そこがまた面白くて。
あとは、そもそも二人の過去だとか、結婚してからはどういう日常を過ごしていたのかとか。まだ台本をもらって日もないし、有村さんと会ったのもその日が初めて。そんな中、監督からの質問に答えていくことで、高志に対する理解度が深まったというか。撮影をしていく中でも、そのときの監督とのやりとりがすごく身になったところがありました。
──道を踏み外していく和歌子を見て愚かだなと思う人はいても、責める人はあまりいない気がして。それは、和歌子がそうせざるを得なかった理由が描かれているからで。同じように高志にだって横領をせざるを得なかった理由があったかもしれないんですよね。映画ではそこが描かれていないからクズに見えるけど、実はそうではないのかもしれないと。
そうですね。そういうのがにじみ出たらいいなと思いながら演じていました。
高志は、ちゃんと和歌子を愛しているし、守りたいとも思っているんです。でも、その気持ちが気づかないうちにちょっとモラハラ気質なところを生んでいたのかなって。わかりやすく和歌子のことを下に見ているわけではないけど、潜在意識のどこかで見下している部分はちょっとあったんじゃないかなって。

──男性の守りたいという意識は、ちょっと厄介なところがあると思っています。
たぶん高志もそういうところが原因で、ちょっと行きづまっていたところはあったんじゃないかなと思います。たとえば、家の中の物を何か買うとします。そういうとき、高志が「これがいい」と言ったら、和歌子は内心それがいいと思っていなくても、きっと高志に合わせてきたタイプなんじゃないかなという気がして。でも、それが高志にとっては全部自分で決めなくちゃいけないというストレスだったり、物足りなさになって、その反動から刺激を求めるようにパチンコに行っていたんじゃないかな、とか。そういうストーリーは結構頭の中で練っていました。
──いちばんゾワっとしたのは、倒れた後、病院で歩行器を使ってリハビリしているシーンです。「すぐに働くね。和歌子が無理しなくても、俺ちゃんと養うから」と言いながら和歌子の頭を撫でて、首の後ろに手を回すんですよね。あそこに、和歌子に対する無意識の見下しを感じて悲鳴が出そうになりました。あの一連の仕草は台本に指定されていたんですか。
どうだったかな。正確には覚えていないですが、確か台本に書いてあったと思います。あそこゾワっとしますよね(笑)。でも、高志としては本当の気持ちなんですよ。和歌子を取り込んでやろうとは思っていなくて。もしかしたら同情を買おうという気持ちはあったかもしれないけど、でもそれ以上に和歌子に見放されたくないという切実な気持ちでいっぱいだった。あそこは、高志が和歌子にすり寄ろうとした場面なんだと思います。

──そして、そんなシーンのあとに、高志が金塊を見つけるくだりでは笑えるお芝居も入っていて(笑)。
あそこは台本じゃないんですよ(笑)。のりしろとして撮っていたところで、まさか使われるとは思っていませんでした。とりあえず金塊を隠さなきゃというのに必死で、どんどんベッドが上がっていくのに枕から手を離せないっていう(笑)。
僕がこの作品を観て面白いなと思ったのは、そういった緩急なんです。金塊を密輸するお話なので、ハラハラする場面がたくさんあって見応えがあるんですが、クスッと笑える場面があちこちに入ることで重くなりすぎない。どんな作品でも、ちょっと笑えるところがあるほうが登場人物にも愛着が湧くじゃないですか。そういった要素がしっかり盛り込まれているところが、この作品の魅力だなと思いました。
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