12歳から宇宙人まで、レポート後編は今年の目玉たちが登場
全48アクトを浴びた4日間、2026年のフジロックがくれた最大の収穫と感動とは
2026.09.11 17:00
Fujii Kaze Ⓒ Taio Konishi
2026.09.11 17:00
最後の深夜まで感動が待っていたDAY3
この日に観たのは以下の通り。
Caravan → 浅井健一 → DONAVON FRANKENREITER → THE LEMON TWIGS → アトミック・カフェ 忌野清志郎 PEACE SONGS → SOFIA ISELLA → THE BREAKS → KIKI → ANGINE DE POITRINE → MASSIVE ATTACK → MITSKI → 1950’s Western Caravan Orchestra → KIRARA。
この日も午前中は雨。ポンチョをまとい、宿の近くのピラミッドガーデンでCaravanを観ることから1日を始めた。アコギでの弾き語り。霧雨であろうがCaravanのいい声、いいバイブスがそこに広がり、あたたかな気持ちに。それからてくてく歩いてレッドマーキーへ。浅井健一のバンドのライブだ。のっけから「D.I.J.のピストル」で、3曲目は「小さな恋のメロディ」、4曲目は「赤いタンバリン」。さらに9曲目「ガソリンの揺れかた」から「PUNKY BAD HIP」「SALINGER」とBLANKEY JET CITY時代の曲を立て続けに。フジロックだからというのもあるだろうが、こういう曲を今はガシガシ演奏したいモードなのだろう。ヒリヒリするようなスリルありの最強バンドアンサンブル。「雨だけど朝まで全員で吹っ飛ぼうぜ」といったMCもかっこよく、おもいきり昂ってしまった。

終わってグリーンに動き、DONOVON FRANKENREITER(ドノバン・フランケンレイター)を。息子のヘンドリックスがリードをとったり、ゲストで友人の平井大が歌ったり。ジャック・ジョンソンと共にチル度の高いサーフ音楽ブームを巻き起こしたのは20年ちょっと前のことだが、「Free」を始め、今聴いてもいい曲はいい。できるなら今度はピラミッドガーデンで観てみたいものだと思ったりも。

それからレッドに動いてTHE LEMON TWIGS(レモン・トゥイッグス)を。わりと頻繁に来日している印象があるが、フジは9年ぶり。今回は最新作『Look For Your Mind!』やデビュー作の路線のライブで、ビートルズっぽいマージービートやビーチボーイズのようなハーモニーにほんのりとサイケ味も加えながらテンポよく。奇をてらったことはせずに、ただただグッドソングスをそのまま聴かせる、そういうライブで、これはやっぱり楽曲によほどの自信がないとできないよなと思った。個人的には死ぬほど大好きな3年前のスロー曲「Corner Of My Eye」が聴けて涙。

それからジプシー・アヴァロンまで登ってアトミック・カフェ 忌野清志郎 PEACE SONGSを観た。片平里菜と暴動クラブの3人とNagie Laneの3人がこの日のために組んだスペシャル・バンドで、忌野清志郎の曲を今に継ぎ行くことを目的としているのだろう。全編アコースティック演奏。暴動クラブ・釘屋玄のボーカルで始まった「激しい雨」や、ア・カペラでの「世界中の人に自慢したいよ」がとてもよかった。思えばかつて清志郎はフジロックの顔的存在でもあり、ヘブンにホワイトにグリーンにと何度となくステージに立った。清志郎Tシャツを着た人もかつてはたくさんいた。が、近年はその存在が少しずつ薄れてきているようにも感じるので、こういう特別編成のバンドが清志郎の曲を中心にしたライブを行なうのは非常に意味のあることだと思う。
そこからホワイトへとくだって、フジ初登場となるSOFIA ISELLA(ソフィア・イセラ)を観た。21歳という若さのアメリカ人アーティスト。これが凄かった。彼女は泥を塗った顔と身体と服装でひとり登場し、ナイン・インチ・ネイルズを想起させるインダストリアルな響きの重低音ビートに乗せて様々な楽器を弾き、歌い、叫び、踊り、ときに転げまわっていた。彼女の弾く楽器はギター、バイオリン、さらにはバンジョーも。歌唱の仕方やパフォーマンスのあり方はPJハーヴェイを思わせるところもあって、つまりはエキセントリックだったりシアトリカルだったり。ダークで、不穏で、強い怒りと共に「人を憑りつかせる」力がある。そういう意味で、現代においてはエセル・ケインに並ぶアーティストとも言えるかもしれない。

が、ひとりで情念的な歌を聴かせるだけでなく、ソフィアは途中でステージを下りて客のなかに分け入り、ハイタッチのみならずクラウドサーフまでもしたり。それも1度ならず、終盤でまた繰り返していた。つまり大上段に構えるのではなく、みんなとひとつになりたいという衝動を抑えることなく表現を行なっているわけで、しかもその際の彼女は幸せそうで、年齢相応の可愛らしくもある笑顔を浮かべていたのも印象的だった。これならもしかすると、例えばビリー・アイリッシュのような人気もそう時間が経たないうちに得るかもしれない。そんなふうにも思えた。今年のフジの大収穫。自分にとって、この日のベストアクトである。

このあたりからけっこうな雨が降り出したが、そんななかヘブンで観たTHE BREAKS(ザ・ブレイクス)のグルーブは桁外れのものだった。ザ・ニュー・マスターサウンズのエディ・ロバーツ(Gt)、ギャラクティックのスタントン・ムーア(Dr)、20th Congressやグレイボーイ・オールスターズのロバート・ウォルター(Key)。そのスーパートリオが奏でるのはファンキーだったり、スモーキーだったり、ときにスウィートだったりの音楽で、躍動感ありまくり。どこに向かうかわからないジャムセッションの楽しさと緊張感を孕みつつ、解放させるところは思い切り解放させ、緩急自在に進めていく。3人とも実に楽しそうに演奏し、観客たちと多幸感を共有していた。

終盤でオレンジエコーへと動くと、そこではバンコクのエレクトロポップ・ユニットであるKIKIがシティポップ的洗練も含んだディスコサウンドで集まった大勢のオーディエンスを躍らせていた。底抜けの気持ちよさ。トリオだが、この日は8人編成で、乗せ方・煽り方をよくわかっている感じ。ずっと観ていたかったのだが、次にヘブンに登場するANGINE DE POITRINE(アンジー・ド・ポワトリーヌ)の動員が凄そうなので、後ろ髪引かれながらその場を去った。

初来日となるANGINE DE POITRINEの人気は世界的にもそうだが、日本でも凄まじいものだった。当初彼らのステージはレッドマーキーの早い時間だったが、SNSのバズりから注目度が加速してヘブンの夜へと移動。しかしそれでも早くに人が溢れ出し、ホワイト側からは入場規制がかかって入れなくなったようだ(ヘブンで入場規制は珍しい)。自分はオレンジエコー側からだったので入れたが、それでもあと数分遅かったら観ることができなかっただろう。メンバーふたりは“333歳の宇宙人”だそうで、出てきてすぐに地球人には理解できない言語で対話を。それから始まった演奏は、ダブルネック・ギター&ベースと、変拍子とルーパーを駆使したマスロックで、それでいて難しく捉え過ぎずに踊ることもできるものだった。

高度で変態的なんだけど、楽しくもあるというその塩梅。演奏の難度が理解できるガチガチの音楽オタクも、楽しいのが好きー!っていうフェス好きも、どちらも楽しませる懐とユーモアがある。なので1曲目から大きな歓声があがっていたし、ときにはプレイが凄すぎて笑いが起きたりもした。MC(?)は宇宙語なので理解できないが、しかし途中で「アリガト」と日本語が発せられたりも。それで沸きに沸くオーディエンス。完全に彼らのペースだ。バカテクのベースまたはギターと、バカテクのドラムス。そういうふたりユニットは過去にもいくつかあった。が、ANGINE DE POITRINEは“333歳の宇宙人”設定と、何よりあのドット柄デザインが利いていて、それでここまで人気を集め、フジでもここまで盛り上がった。アイデアの勝利。でもそれだけじゃないよ、っていう。しかも中毒性、あり。この異常人気、まだしばらくは続くに違いない。

密集した人々のなかでポワトリーヌを観たのもあって肉体的疲労を実感しだした時間帯ではあったが、まだまだフジロックは終わらない。ホワイトのTempalayを少し観ながらグリーンへと動き、後方で椅子に座ってMASSIVE ATTACK(マッシブ・アタック)を待った。座って待ちながら少しウトウトした。そりゃそうだ。前夜祭から4日目の夜だし、前の日も宿で呑んで4時間程度しか寝ていなかったのだから。そうして始まったMASSIVE ATTACKのライブはスクリーンにさまざまな映像を映し出していた。

イスラエルによるガザ侵攻から韓国の光州事件まで各国・各時代の国家暴力、弾圧、情報統制を映像で見せ、軍事AI企業パランティアへの警鐘、労働摂取、溢れるフェイクゴシップなんかも映像で伝えていた。ただ、疲れていた自分はそれを目で追うのがやっとのこと。映像による情報は洪水のように押し寄せ続け、それを追っていたら次第に重い気持ちになってきて、それまで気にならなかった霧雨も鬱陶しく思えてきた。だが、彼らの覚悟と音の強度はしかと感じた。配信で見たら、あるいはこれだけを目的にして集中して観たらば、まったく違う受け取り方・感じ方ができたと思う。カラダの疲れが溜まった4日目のこの時間に集中して受け取るには、彼らの音楽とメッセージは自分にはヘビーすぎたのかもしれない。仕方がない。

その後ホワイトに動いてMITSKI(ミツキ)を観始めたら、なんだかホッとした。疲れた身体と心に彼女の歌と日本語MCが沁み渡った。日本に来ると納豆巻きをファミマで買って食べるのだと話していて、心がほどけ、救われた気持ちになった。前夜祭含めて4日目となるフジのあの時間帯に自分が欲していたものがそこにあったのだ。インテリジェンスと気品の感じられるポップスを歌ったかと思えば、オルタナっぽく激しく鳴る音の渦のなかで歌いもする。堂々としていて余裕すら感じさせるようでいて、ものすごく切実さが伝わる瞬間もある。そうした二面性の出し方に引き付けられた。
ホワイトから戻って来る途中、グリーンの後方に座って、去年と同じようにクロージングアクトとなる1950’s Western Caravan Orchestraを途中まで観た。去年に続いて2度目の出演となる尾藤イサオの歌声は艶やかで、ハリがあって、よく伸びて、「監獄ロック」のロールする感覚などはとても82歳とは思えないものだった。そして最後にレッドマーキーへ。ソウルを拠点に活動するKIRARAを観るためだ。「アジアのエレクトロニック・シーンにおいて最も個性的な存在のひとり」であるKIRARAは、結論から書くとこの4日間の深夜の個人的ベストアクト。もうひたすらに気持ちよく。

わけてもm-flo「come again」から名曲「Wish」への流れは、多幸感とはこのこと! といった感じで、思わず涙があふれてしまった。3時間前にはあんなにくたびれていたのに、飛び跳ね、踊って、この瞬間がかけがえのないものだと実感している自分。これ以上の感動がこの先もう訪れることはないだろうと、KIRARAが終わると同時にそこをあとにした。
この日会場にいたのは約14時間。前夜祭から4日間で会場にいたのは45時間半、観たのは(少し観て移動したものも含めると)全48アクト。よく歩き、よく動き、たくさん踊って、めいっぱい楽しんだ。来年も再来年もその翌年も、まだまだフジを楽しみ続けよう。そのために心身ケアを怠らず、日々をちゃんと生きるのだ。


