初タッグ作『四月の余白』で委ねた「許し」への答えとは
人間は一貫性がないから、不完全に描く。𠮷田恵輔×一ノ瀬ワタルが問う“大人の本質”
2026.07.03 18:00
2026.07.03 18:00
沖縄での内弟子時代が自分を変えてくれた
──その計算の話でいくと、この映画って西しかり海斗しかり、いつ爆発してもおかしくないような不穏さみたいなものが張り付いているんですよね。取材に来た記者を見送るところとか、いつ殴りかかるんだろうと思って。そういう不穏さって、計算の中にありましたか。
一ノ瀬 意識したのは記者の方とやりとりするシーンの時だけですね。そこはちょっと出しました。怒りというよりも、鼻をへし折られた不快感みたいなのは出したつもりです。
𠮷田 記者からあることを言われた瞬間、西の目が点になるんです。しかも、その目が黒目だけ大きいから、妙に怖くて(笑)。

一ノ瀬 えー!(笑)
𠮷田 でも口だけは笑ってるから、そこが不気味な感じがして。俺、モニター見ながら笑いそうになっちゃったもん、めっちゃ目が点になってるって。
一ノ瀬 そんなふうになってたんですね。自分では全然わからなかったですけど。でも、不穏さを意識したのはそこだけで。あとはもう自分の中の西はひたすら「みらいの里」の子どもたちのためにっていう。
──監督はどうですか。あの不穏さというのはどうやってつくるんですか。
𠮷田 記者のシーンで言えば、電気のついてるところでしゃべればいいのに、わざと不気味なライティングにして、後ろにも雨を降らせてみたいな演出はしてますけど。でも、なんだろう。俺があったかい映画を撮ってもそうなっちゃうんじゃないかな(笑)。わかんない。俺、今までもすっげえいいシーンだなと思って撮ったものが、完成してつないでみたら禍々しいなみたいなことが結構あって。つくり手である俺の手からなんか出ちゃってるのかもしれない、もわーんとしたものが(笑)。

──では、そんなお二人に聞きます。この映画を観ていて、何があっても見捨てずに向き合ってくれる大人の存在の大きさというものを感じました。お二人にも、自分が孤独だったときに真剣に向き合ってくれた人はいますか。
𠮷田 自分が道を踏み外していたときに、ムショ帰りのおじさんと知り合いになって、よく遊んでもらって。そのうち友達も連れて、そのおじさんの家に遊びに行ったんですけど、そしたらそのおじさんが寿司をとってくれて。それこそ中学の卒業式は、みんなバラバラになるからってスナック貸し切りにしてお祝いをしてくれて。最後はみんな泣きながら抱き合って解散したんですけど、あのおじさんは忘れられないですね。
──えー、いい人。
𠮷田 と思うじゃないですか。でも、そのおじさん、撃たれた傷跡があったんですよね。で、最後は近所の悪い人と揉めごとになって殺されちゃったんです。しかも、そのトラブルの発端になったのは、おじさん側だったっていう。その話を聞いて、おじさんの味方でいたいんだけど、どっちもどっちじゃね? って、なんか悲しい気持ちになりきれなかったのをすごい覚えてます。
一ノ瀬 支えてくれた人っていうのはいっぱいいますね。自分は本当にいろんな人に支えられてここまで来たんで。キックボクサーになりたいって東京に出てきて、でもうまくいかなくて、18のときに沖縄に内弟子のシステムがあるからって行って、朝から晩まで練習して。本当に厳しい環境だったんですよ。黒崎健時さんっていう有名な空手家の方がいて、その流れの先生だったんですけど、本当にキツかったから、ここじゃ書けないような罵声をぶつけながらサンドバックを蹴ってました(笑)。

𠮷田 昔の格闘技を教える人なんて、みんな変な人ばっかりだったからね(笑)。
一ノ瀬 そうなんですよね。まともに会話できないです。
𠮷田 みんなパンチドランカーみたいな人だから(笑)。
一ノ瀬 あはは! 外出禁止で携帯も持てない、本当に少年院みたいなところでしたけど、あそこで過ごしたことで、自分も真面目にやれるんだと思えるようになった。コップに注ぐときは目上の人からとか、目上の人と歩くときは先に自分がドアを開けるとか、そういう人付き合いもいろいろと教えてもらいました。自分の根本的な部分は沖縄での内弟子時代に培われたので、そこは今でも感謝しています。

映画『四月の余白』場面写真 ©2026 N.R.E.




