愛とリスペクトを寄せ合うタッグが7年ぶりの共作を語る
田村芽実×吉澤嘉代子の“身を削らない”ものづくり論 二人の「書きたい」はどこから生まれる?
2026.09.30 18:00
2026.09.30 18:00
曲作りは、身を削るというより“捧げる”感覚
──ではここからはお二人の価値観や哲学に迫っていきたいと思います。お二人にとって、ものをつくるってどういう行為ですか。
田村 え! これは嘉代ちゃんの話が聞きた〜い。
吉澤 え〜。いいよ、めいめいの話を聞かせてよ。
田村 嘉代ちゃんってすごいなと思う理由の一つが、昔と比べて世界観やサウンドの質は変わってきているんだけど、言葉の持つ力は変わらないというか。ちゃんと一言一言にこれでいいのかと悩みながら、最適な言葉を選んでいる感じがするんです。しかも、可愛らしい曲がいっぱいあるけど、可愛らしいだけじゃなくて、情緒があって、学びもあって。「ピーマン」もそうじゃない?
吉澤 うれしい。最新のアルバム曲まで聴いてくれて、ありがとうございます(笑)。
田村 歌詞も身を削って書いている印象があって。そこにみんな惹かれるんだろうなと思いますし、嘉代ちゃんの音楽が好きな方は私も大好きっていう。
吉澤 たぶん私のファンのみんなはめいめいと話したいと思う。
田村 本当に話したい! ものをつくることに一切手を抜いて生きてこなかった方だと思うので、そこがすごいなと思うし、嘉代ちゃんを見ていると私も手を抜かないようにしなきゃってなる。

──田村さんもこうおっしゃっているので、まずは吉澤さんから答えていただきましょうか。
吉澤 そうですね。私は自分のつくったものが、最終的に自分の手を離れることが理想だと思っていて。それをするには、個人のごく小さな世界を切実に切り取ることが必要だと思うんですよね。その作業を一生懸命頑張ることが、私にできること。それが、音楽という形のないものが永遠に残っていく方法なんだと思います。
──田村さんから「身を削る」という言葉が出ましたが、そういう感覚はありますか。
吉澤 特に若い頃は初期衝動というか、少女時代の苦しみみたいなものを素材として煮詰めていたような感覚はあります。ただ、不思議と経験を重ねても、書きたいものってまだまだ消えなくって。身を削るというか、“捧げる”という感覚ですかね。今回も、めいめいの作品に自分の何かを捧げる気持ちで書きました。
田村 その“捧げる”って感覚はすごくわかって。役を演じるときは、自分の身を捧げるみたいな感じがあるんですよね。ただ、自分でつくるとなるとちょっと違って。
吉澤 うんうん。
田村 “捧げる”というより、自分の胃の中とか全部すくってバーッと出してる感じ。演じるときは表面上から削られていく感覚があるんですけど、今回は内側から取られていく感覚があったかな。でも、こういうものづくりってすごくエネルギーが削り取られるじゃないですか。それをどうやって補充して生きていけばいいのかなみたいなのは思う。

吉澤 私は演者として、自分が依代になって誰かから言葉をもらうみたいなことをあんまりやったことがないから、ちょっと感覚は違うかもしれないけど、曲に関しては書かねばならないものが噴き出てるみたいな感じかも。
田村 常にあるんだ、温泉が。
吉澤 そう。温泉が噴き出てる。
田村 常に?
吉澤 常にある。
田村 すごい。そのエネルギーがあるって。
吉澤 でも、体力ないよ(笑)。
田村 温泉が噴き出る自体、限られた人にしかできないことだと思うので、まずそれが才能です。
吉澤 ただ、この温泉って毒にも薬にもなるから、毒にやられちゃうというか、飲まれちゃうときもあって。ちょっと生きづらくはあるけど。
田村 そうですよね。
吉澤 でも、それが仕事になって良かったとは思う。

──毒にやられるとおっしゃいましたが、曲をつくるときは、ちょっと社会から隔絶しないとできないみたいなところはありますか。
吉澤 そうですね。きっとそのときは浮世離れしてるんだろうなと思います。
田村 それがいいですよね。嘉代ちゃんの音楽を聴くと、自分も社会から距離を置いて、自分の空間を大事にできる感じがあるもん。
──田村さんは今回脚本を書いているときはどうでしたか。言葉が温泉のように噴き出る感覚はあったのか。それともまた違う感覚なのか。
田村 噴き出る感じはありました。
吉澤 ずっと温泉でした。アイデアというか、ひらめきがずっと噴き出てて。
田村 それを嘉代ちゃんに全部受け止めてもらってたから。
吉澤 噴き出すぎて、私が溺れました(笑)。
田村 本当に困らせちゃってごめんなさい!(笑)
吉澤 ううん。いい温泉だった(笑)。
田村 ただ、嘉代ちゃんと違うのは、私の場合、ご一緒する女優さんがいて、二人とも共演したことがあったので、彼女たちのエネルギーを借りて書いているみたいなところがあって。「彼女たちが言うなら」と想像しながらアウトプットしていく感覚だったので、あんまり苦ではなかったんです。ただ、自分が役者をやってるので、この台詞のあとにこの台詞をしゃべれるかみたいなことがつい気になっちゃって。普段台本を読むときは、自分の役についてだけ考えれば良かったけど、今回は登場人物一人ひとりの回路に入り込みながら書いたので、いつもの5倍ぐらいの読解をしなきゃいけない感じはありました。
吉澤 うんうん。
田村 日によって「今日はこの役に入ろう」みたいな感じで書いていて。台詞も「ここは『だって』と『なんで』のどっちがいいか」みたいなことすごい真剣に考えて。でも、さんざん悩んだくせに、本読みで演者さんの声で台詞を聞くと、「あ、やっぱりこっちのほうがいいね」というのが一瞬でわかったりする。舞台はみんなでつくものだから、言葉に出して、みんなで交わらせたほうが答えを見つけるのは早いなって感じますね。
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