楽しみ尽くした4日間、レポート前編は前夜祭からDAY1まで
偉大な足跡も偲んだ29回目のフジロック、音に表れたバンドとフェスの信頼関係とは
2026.09.10 17:00
TURNSTILE Ⓒ Masanori Naruse
2026.09.10 17:00
フジの“顔”をレジェンド総出で見送ったDAY1
本番初日、この日に観たのは以下の通り。
ROUTE 17 Rock’n Roll Orchestra feat.大江慎也、甲本ヒロト、浅井健一、トータス松本 → CHAPPO → クマイルス → 奇妙礼太郎BAND → MIZ → 藤田悠也 → TURNSTILE → SNAIL MAIL → ARLO PARKS → ANTIBALAS → The xx → maya ongaku → SAKURA CIRCUS → TXAKO → Bone Us。
フジロックに限ったことじゃないが、フェスにおける一番の悩みは、観たいアクトの「かぶり」だ。SMASHはいつも観客の立場に立って、近いジャンルのアクトが重ならないよう配慮したタイムテーブルを組んでくれる。今年も実に練られたタイムテーブルだったと思う。が、それでもどうしたって観たいものが重なってしまうことがある。
自分が今年最も悩んだのが本番初日の一発目。グリーンステージでROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHSTRAを観るか、レッドマーキーでテレビ大陸音頭を観るか、だ。世代も音楽性もまるきり異なるこのふたつのどっちを観るかで悩んだ人がほかにいたとは思えないが、自分はどっちも観たかった。札幌出身の新進バンドであるテレビ大陸音頭は昨年の最終日にたまたまルーキー・ア・ゴーゴーの前を通ってその音の強度に足を止め、初期衝動のかたまりのようなボーカル・千代谷竜司の叫びと動きにぶっとばされた。マイクを口にくわえたままグルグルそこを回ったり、落ちている石やら飛んできたひまわりやらをかじったり。歌詞も曲構成もオリジナリティに溢れていて、これはすごいと思った。そうしたら今年は初日のレッドマーキーの一発目。夢がある。そりゃあ観ておきたい。

一方のROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHSTRAはフジのレギュラーバンドだが、今年のゲストボーカルはトータス松本、浅井健一、甲本ヒロト、大江慎也で、発表されたとき、とりわけ大江慎也の名前があることに「おおっ!」となった。というのもROUTE17 R.R.Oは池畑潤二をリーダーとするバンドで、メンバーには花田裕之もいる。また今年の出演者のなかには井上富雄の名前もあった。そこに大江慎也である。つまりルースターズのオリジナル・メンバー4人が揃うわけで、ということはルースターズの曲を演奏するのは間違いないと思ったからだ。ルースターズは1980年にデビューして度重なるメンバーチェンジを経たあと88年に終わったバンドだが、その16年後となる2004年にフジロックのグリーンステージで大江、花田、井上、池畑が揃い、正式な解散ライブを行なっている。それは自分がこれまでフジロックで観てきた全アクトのなかでもベスト5に入るくらいのもので、その模様を収めたDVD(石井聰亙監督作『THE ROOSTERS RE・BIRTH II』)も何度となく見返したこともあって一生忘れられないライブのひとつだったりする。その10年後に同じグリーンステージで再集結し、今回はそこから12年を経てのライブなのだから、やはりこれは観ずに済ませられるわけがない。
で、どうしたか。結局自分はグリーンでROUTE 17 R.R.Oを観ることを決めたのだが、その前にレッドに寄ってテレビ大陸音頭のサウンドチェックだけ観ることにした。レッドのステージにいたメンバーたちはみな、高校を出たばかりだった去年とは見違えるように成長し、幼さがなくなっていた。坊主頭にサングラスの千代谷は町田康を想起させるルックとなり、彼の声もバンドの音も強度ありまくりだった。サウンドチェック終了と同時に後ろ髪を引かれる思いで自分はそこを去ったのだが、あとでXを見ると本番では大勢の観客が集まり、そこにいた全員に衝撃を与えたようだ。
グリーンステージ一発目となるROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHSTRAのライブは、メンバーが登場する前にスマイリー原島さんの写真がスクリーンに大きく映され、MCを担当するサクヤナガワとジョージ・ウィリアムズのふたりが氏についてのフジでの想い出話をするところからスタートした。「まだいるように感じるよね」とジョージ。確かにそう感じられる。そしてバンドのメンバーたちがステージに揃い、演奏がスタート。トータス松本に始まり、浅井健一、甲本ヒロト、大江慎也とゲストボーカルが順に登場し、それぞれ2~3曲ずつ歌って交代する構成だ。トータスはマーヴィン・ゲイの「Stubborn Kind Of Fellow」、オーティス・レディングの「Hard To Handle」に続いて、「今日は大江さんが来てくださってるから」とルースターズの「SITTING ON THE FENCE」を歌った。ベンジーはJUDEの「シルベット」、SHEENA & THE ROKKETSの「LAZY CRAZY BLUES」、さらにはBLANKEY JET CITYの「ガソリンの揺れかた」を歌った。ヒロトは「大江さんが来ているところで歌うのはすごく緊張する」というようなことを言いながらルースターズの「新型セドリック」と「ロージー」を歌った。ルースターズにシナロケ。そのようにめんたいロックの名曲群が歌われたことと、大江慎也が今回呼ばれたことには明確な理由がある。そう、今回のこれはスマイリー原島さんの追悼ライブとして企画されたものだったのだ。

ここで簡単に説明しておくと、スマイリー原島は1982年に福岡でロックバンドのアクシデンツを結成し、そのボーカルとして活動。その後複数のバンドを経てライブイベントの企画・プロデュースにも携わるようになった。ルースターズから強い影響を受けていた同氏は、90年代以降、ルースターズ関連のイベントの企画や司会を数多く担当。大江慎也始めメンバーやスタッフとの親交が深く、ルースターズの歴史をよく知る人物として知られていた。持ち味である軽妙なトークは広い世代に親しまれ、cross fm、NACK5などいくつものラジオ局で長年DJを担当。何より多くの音楽ファンに馴染みの深かったのがフジロックの場内MCで、前夜祭、それからグリーンステージに、そのダミ声での進行はなくてはならないものだった。原島さんは長年DJのポーキーさんと組み、漫才コンビのような息の合い方で前夜祭とグリーンステージのMCをされていたが、2020年にポーキーさんが他界。それでも原島さんは別の方と、あるいはひとりで、ステージの進行をされていた。フジロックの創始者は大将こと日高正博だが、その日高氏が表舞台を退き、ステージに立つことが少なくなった以降は、原島さんこそがフジロックの「顔」と言っていい存在だった。時代の変化と共に洗練もしていったフジロックだが、原島さんのあのダミ声MCは昔ながらのフジロックの空気感を残し、年季の入ったフジロッカーたちを安心させるものだった。その原島さんが今年1月6日に65歳で亡くなられた。よって今年の初めのグリーンステージが原島さんの追悼の意を表するものになるのは必然だったのだ。 ゲストボーカルとして呼ばれた4人は、それぞれの持ち時間の途中、原島さんとの想い出を話した。
トータスは過去にフジでROUTE 17R.R.Oのステージを終えたあと「原島さんがあのガラガラ声で“トータス、よかった~”と言ってくれて。で、ふたりで朝方、“無事終わってよかったですねえ”とか言いながら池畑さんが焼いてくれたホルモンを食べてお酒を呑んだんです。それがなんかめっちゃ想い出で」と振り返った。ベンジーは「原島さんはいつもすごい元気がよくて、オレは大好きな人でした。けど悲しんでばかりいても仕方がないので、元気出していきましょう。原島さんがMCやってるステージのときによくシーナさんと鮎川さんも一緒で、そのときの想い出の曲をやりますね」と言ってシナロケの「LAZY CRAZY BLUES」を演奏した。ヒロトは「今日はいつもよりひとつ多く、ここに来る理由がありました。それは、原島くんに会うためです。原島くんは初めて会ったその瞬間から原島くんで、ずーっと変わらんかったよ。変われんかったんよ。オレもおんなじよ。変われんのよ。ロックンロール好きな人は変われんのんよ。今年も原島くんと一緒に楽しんで行きましょう」と言った。そして大江慎也は予め書いて来た紙を広げてこう読んだ。「原島氏はラクになったんだろうと思います。あなたの遺した足跡は続いていくでしょう。ご冥福をお祈りします」。

トータスもベンジーもヒロトも素晴らしかったが、大江慎也がボーカルをとったステージ=ルースターズのオリジナル4が揃ったステージは、とりわけ凄かった。「TEQUILA」「LET’S ROCK (Dan Dan)」、それに「C.M.C」。ホーンも入った大所帯バンドでの演奏ということもあって2004年に同じグリーンステージで観たときほどヒリヒリした感覚はなかったが、それでも十分にスリリングだった。「C.M.C」の途中で大江さんが現行バンドShinya Oe&Super Birdsのメンバーでもあるギターのヤマジカズヒデに向き合って、もっと!と煽るようにギターを弾いたのも印象的だった。大江パートの演奏が終わるとクリス・ペプラーが登場し、彼もまた「原島さんとは毎年フジロックの楽屋で会って、ずっと酒を呑んでいつも大笑いしていた」と想い出話を。「原島さんはここにいますよ」とも言った。そしてゲストボーカルの4人を再びステージに呼び込み、全員で忌野清志郎がフジロックのために書いて歌った「田舎へ行こう」を演奏。いつも初日のグリーンステージの始まりに流れるフジのテーマソングだが、生演奏されるのはこれが初めてのことだ。スクリーンにフジロックでの原島さんのいくつもの写真が投影され、ステージには原島さんと所縁のある大勢のスタッフたちも出てきてみんな一緒に歌ったり踊ったり。「フジロック・フェスティバル! 楽しんでいってちょうだい! イエーって言えー!」。生前の原島さんの声が響き、「THANKS, SMILY HARASHIMA」の文字がスクリーンにバーンと出た。確かに原島さんはそこにいた。2026年のフジロックはそのようにして始まった。
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