映画『私はあなたを知らない、』で出会った二人が表現を語る
「感動は、構造ではなく人から生まれる」中野量太監督×早瀬憩が選んだ愛の描き方
2026.08.31 18:00
2026.08.31 18:00
家族の愛を失った朝子にとって、夕平はかすかな希望だった
──監督からご覧になって、早瀬さんのシーンでグッと来る瞬間はありましたか。
中野 やっぱり面会室のシーンですね。朝子は5回、夕平を訪ねる。その過程で起きる変化を段階を追ってしっかり表現しようという話は早瀬さんともしていました。最初は、ただの興味でしかなかった。自分の母親を殺したのは、どんな人なのか。もしかしたらすごく怖い人が出てくるかもしれない。そういう不安とかドキドキが朝子の胸の内にはあったと思います。でもそれが徐々に変わっていって、いつしか朝子は夕平に対して「この人なら愛をもらえるかもしれない」と期待を抱くようになる。そのときの早瀬さんの表情は素敵でしたね。

©IDKYPs./Pyramide Productions
早瀬 私が印象的だったのは、「お母さんは素敵な人でしたよ」という台詞です。母の記憶がない朝子は、ずっと母親に対して興味のない顔をしていたけど、やっぱり心の奥では母親の存在を求めていて。だからこそ、あんなふうに母親を褒めてもらえることがうれしかった。あのときは、照れくさいような、恥ずかしいような、でも誇らしいような気持ちになりました。
──この作品の複雑なところが、朝子には母親の記憶がないことなんですよね。本来なら母親を殺されるって憎んでも憎み足りないことだと思うんですけど、母親の記憶がない朝子は、どこか実感を持てないまま夕平と接している気がして。
早瀬 そうなんですよね。朝子は、母親のことも父親のことも覚えていない。だから、何もわからないんです。ただ、13年間自分を育ててくれた祖母を亡くし、家族を失ってしまった朝子は、家族から与えられる無条件の愛というものに憧れを持っている気がして。私も最初に台本を読んだときは、自分の母親を殺した人に会いに行くという行動に驚かされました。けど、徐々に理解を深めていくうちに、肉親を失い、愛が枯渇している状態の朝子にとって、過去に自分を愛してくれた人がいたという事実がかすかな希望になったんだろうなと。だから、勇気を出して朝子は夕平に会いに行ったんだと解釈しています。
中野 もし朝子がたとえば7歳くらい──記憶もしっかりしている年齢で母親を殺されたら、こういう脚本にはならなかったと思います。あくまでこの物語が成立するのは、5歳の朝子だから。そこは、ちゃんと丁寧に描きたいなというのは、撮っているときも意識していました。

──夕平と朝子の関係を安直に神聖化しないという姿勢は、映画を拝見しても伝わってきました。
中野 あとはやっぱりおばあちゃんの存在が大きいと思います。おばあちゃんにとっては娘を殺されたわけですから。その犯人から12年間、「ごめんなさい」と書かれた手紙が届く。きっとその手紙を受け取る中で、おばあちゃんも誰かを憎みながら死ぬのは苦しいと思ったんじゃないかな。だから、朝子が夕平に会いに行くきっかけをつくった。あのとき、おばあちゃんは朝子に託したんだと思います。自分がいなくなったら、この世で夕平を憎めるは朝子だけ。でも、憎み続けるかどうかは自分で決めればいい。そういうおばあちゃんの思いを受け取ったのであれば、娘が母親を殺した犯人に会いに行くという展開も成立するんじゃないかと思いました。
──では、そんな面会室での撮影について改めて振り返っていただけますか。
中野 あそこは撮影の最後に2日間に分けて撮りました。
早瀬 私にとっては、心身を削られる2日間でした。監督が最初におっしゃったように、面会に来るたびに徐々に朝子の心が変わっていく。その変化をしっかりとつけられるよう、ただただ芝居と向き合う時間でした。

中野 難しいんですよね。重要なシーンだからこそ、時に感情が入りすぎてしまうこともあって。そこは細かくディレクションしながら調整していきました。
早瀬 そうなんですよね。私は台本を読んでいるので、幸せだった幼少期の朝子の記憶も全部わかっている。だから、つい気持ちが溢れ出てしまうときがあって。でも、朝子はそれを覚えていないし、夕平がどんな人かも知らない。そこのバランスについては、毎回細かく監督に軌道修正していただきました。
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