キャストたちの確かな演技力が織りなす名作の魅力を解説
舞台『Come Blow Your Horn』開幕、髙地優吾がニール・サイモンの会話劇で“新たな自分”に
2024.10.07 20:00
2024.10.07 20:00
SixTONESの髙地優吾が初めての単独主演を務める舞台『Come Blow Your Horn~ボクの独立宣言~』が、2024年10月3日(木)に東京・新国立劇場 中劇場で開幕。開幕に先駆け、前日にゲネプロと初日前会見が行われた。
今作は、アメリカを代表する劇作家ニール・サイモンが3年半の歳月をかけ、何度も書き直しを重ねて完成させたブロードウェイデビュー作。映画化もされ、日本でも幾度となく上演されている人気作品だ。
バディ・ベーカー(髙地)は厳格な父親、神経質で過保護な両親との生活にうんざりし、23歳の誕生日を機に実家を出て、兄のアラン(忍成修吾)が暮らすアパートに転がり込む。アランはバディと共に父(羽場裕一)の会社で働いているが、現在は本命の彼女コニー(岡本玲)がいながら複数の女性と付き合い、仕事もそっちのけで気ままな独身生活を満喫していた。バディの「独立する」という決心にアランは喜び、ガールフレンドのいないバディに映画女優志望のペギー(松井愛莉)を紹介する。バディが部屋でペギーを待っていると、訪ねてきたのは母(高岡早紀)だった! そこからアランの部屋には様々な人が訪れて……というストーリー。
髙地優吾という人はとても不思議で、SixTONESという少し危険な香りが似合うグループに属しながら、今回のような真面目で“普通”の感覚を持った役がとてもハマる。彼が登場してからの兄・アランとの会話を聞くだけでも、どれだけ彼が内向的で、父親に日頃から抑圧され、勇気を振り絞って家を飛び出してきたかが体全体から伝わってくるようだ。
ただ、本人は初日前会見で「私生活ではバディ君みたいな、かなり狭い生活をしてます(笑)」と注釈を入れつつ「実際にやってみたら、お調子者のバディを演じる方がギアが入りやすい。新しい自分に気づけました」と語っていたように、3週間後を描いた後半では別人のような伸び伸びとした遊び人の姿を見せてくれる。そのギャップと軽やかさが、今作ではとても鮮やかで楽しい。
また、バディが実は密かに「作家になる」という夢を持っていることを打ち明けたときの舞台上の空気の変化だったり、小心者に見えて兄にそそのかされてハリウッドのプロデューサーと嘘を付く度胸があったり……いろいろな顔を見せてくれるバディという役が、生きている人間としてのリアリティを持って迫ってくる。それもやはり、彼が演じたことが大きいだろう。
髙地は今作のオファーが来たときのことを「自分で大丈夫かなと思ったけど、脚本を読んだら『お話が面白いから大丈夫だろう』と思えた」と語ったが、さすがニール・サイモンのブロードウェイデビュー作。怒涛のようなセリフとキャラクターの立ったインパクトの強い登場人物たち、意表をつく人物たちの登場と、お手本のようなワンシチュエーション・コメディながら、父、母、兄、弟……それぞれの家族に対しての感情や関係性は、会話や態度の中で少しずつ関係性として見えていく。特にバディやアランが内面で何を感じ、思っているかという部分は発露の仕方が重層的で、なんとも繊細なのだ。
アクセルとブレーキを自在に踏み分けるような演技を求められた俳優たちは相当負荷が高かったのではないだろうか? それはバディ役の髙地だけでなく、今作の“もう1人の主人公”というべき兄のアランを演じた忍成も一緒だろう。登場人物随一のセリフ量、常にギアをトップに入れているようなプレイボーイのキャラクター。それでいてアランも、家族に対する複雑な思いを内面に抱えている。
ニール・サイモン作品の描く家族像は、「アメリカに住むユダヤ人家族」というバックボーンがピンとこないと「なぜあんなに家父長制が強いのだろう?」と日本人は疑問に思ってしまうかもしれない。しかし、今作ではその違和感が少なく、私たちの身近でも「こういうことってあるかも」と共感できるような家族の関係として描かれている。それは演じた俳優たちの苦闘と(父役の羽場裕一も、コミカルさと厳格さのさじ加減がお見事!)、演出を手掛けた宮田慶子の手腕、その双方がなしえたものなのだろう。
タイトルの『Come Blow Your Horn』は「角笛を吹く」という意味。もともとはマザーグースの「Little Boy Blue」にある表現で、 昼寝なんかしてないで角笛を鳴らし、羊や牛の世話をしろという意味だったものが、「目覚めて青春を謳歌しろ、乗り遅れるな」という意味で使われているとか。このタイトルからもわかるように、登場したときのバディは本当にオドオドして、自分では何も決定できないように見える気弱な青年。入れ替わり色んな人が訪れ、ときにピンチに陥ったり、嘘をついて切り抜けたり、兄のようなプレイボーイへと変貌したり……ラストシーンは紆余曲折の末の大団円が訪れ、そしてバディがほんとうの意味での自立への一歩を踏み出す。ただ、その感触はおそらく多くの人が予想しているものとはちょっと違うのではないだろうか? 若さと「自由」が持つ万能感と、それに伴うちょっとした寂寥感……こういうものを感じさせてくれるところが、今作が名作と言われる理由なのだろうと思う。ぜひ、劇場にて自分自身でそれを体感して欲しい。