2024.03.10 15:00
撮影:引地信彦
2024.03.10 15:00
作品の緻密さを支える俳優陣の魅力と実力
作・演出・出演の赤堀雅秋は、人間関係の描写……特にヒリヒリするような状況の描写を描くのに非常に長けている劇作家。演劇作品で彼を知っている人には言わずもがなだが、彼自身が監督をつとめた映画『その夜の侍』や『葛城事件』を観た人ならこの表現は納得するはずだ。そして今作の舞台に充満する「不穏さ」という言葉も。
しかしながら今作は、これまでの赤堀雅秋作品と比べると非常に抑制的な印象がある。言ってみれば、劇的なことはほとんど起こらないのに、非常に演劇的。それがこの『ボイラーマン』なのだ。
初日に際し、赤堀雅秋が出したコメントでは「他者から見たら『いつもと変わらないじゃないか』と笑われるかもしれませんが、今作は自分にとってかなりの挑戦でした。暗中模索で、どこに辿り着くか判然としないままの作劇でしたが、それでもワクワクしながら歩みました。心強いスタッフ・キャストの皆さんの力を借りて、いよいよ開幕します。正直、開幕しても、どこに辿り着くかはいまだにわかりません。だからとても怖いし、同時に楽しみでもあります。是非劇場に目撃しに来て下さい」という言葉が。
確かに、この作品はこのキャスト全員がいたからこそ成立したのでは? 観たあとにはそう感嘆するほど、俳優陣の魅力と実力が十二分に発揮された、非常に緻密な作品となっている。近年はバイプレーヤー的な活躍が多いが演劇人としての本領発揮ともいえる存在感の田中哲司、一言発するだけで好々爺から“ヤバそうな人”まで自在に演じ分けるでんでん、路地裏という場所とその非日常性が絶妙のバランスとなっていた安達祐実。また、キャバクラ嬢を演じた樋口日奈の明るい存在感が、舞台上に通底する不穏さにいいアクセントとなっている。
登場人物も、私たちも、みんな心のうちに抱えているものがある。それは怒りや悲しみだったり、寂しさだったり、渇望感だったり。互いの内側にあるそういったものが、ほんの少し見えたような、見えなかったような、そんな一夜があってもいいではないか。それを「目撃」し、自分もその一夜の一員になったような気分を疑似体験できる……それこそが、演劇の醍醐味ではなかったか? そんなことを思い出させてくれる作品だ。