2024.03.04 18:00
2024.03.04 18:00
カナダ・トロント出身のオルタナティヴアーティストgrandson。ミクスチャーやグランジをはじめとしたロックミュージックからの影響と、幼少期に親しんだというラップやHIP-HOP、さらにはダンスミュージックのような電子音楽まで、幅広いバックグラウンドを持つ独自の音楽性で、2010年代の後半に頭角を表した存在だ。その後の新型コロナウイルスによるパンデミックもあってこれまで実現しなかった初の来日公演が、2024年2月に行われた。公演前に実施した本インタビューでは、ハイブリッドなサウンドスタイルの源泉を音楽的背景から探ると同時に、ブレークを果たした現状への認識や創作・表現へのこだわり、モチベーションなどを訊く。常に真摯に自省的に、唯一無二のオリジナルを探求し続けるgrandsonの思考とアティチュードの一端に触れてみてほしい。
聴いて育ったものをユニークにまとめたい
──来日は初めてですか?
そう、初来日なんだよ。昨日クアラルンプールから着いたばかりでね。
──じゃあ、このタイミングではまだ色々見て回ったりはできてないですよね。
ああ。あまり寝てないんだけど、渋谷に残ってできるだけあちこち行きたいね。来日は自分にとって本当に夢だったから「やっと来れた!」って思ってるよ。ショーが終わった後も少しの間滞在して、ここにあるエネルギーを集めて、次のアルバムを作るためにロサンゼルスへ持ち帰りたい。ユースカルチャーや個性、ファッションと音楽の繋がりを考えると、たくさんのインスピレーションが見つかると思う。
──ファッションや音楽に関しては事前にどんなイメージを抱いていたんですか。
最近のアーティストはみんな当たり前の様にグローバル化しているし、他の文化からもいろんなインスピレーションを得られると感じているよ。 日本のアニメとか映画、ファッションなども海外にも影響を与えている。ラッキーにも僕はONE OK ROCKのTAKAやバンドメンバーと交流して、セッションも経験させてもらったんだよね。彼らは日本でいかにロックが大きなもので影響力があるかを教えてくれたよ。
実はショーを作っているチームと一緒に、昨日の夜にマレーシアから飛行機で到着してすぐ、東京ドームにテイラー・スウィフトを観にいったんだ! 不思議な感じだよ。初めて来た国で、来た途端に5万5千人という満員のスタジアムにいて、しかも曲と曲の間がすごく静かになって……自分のステージに上がる前にお客さんの文化に触れたのは良かったね。海外との違いとして、ライブのときに歌詞や演奏、ひいてはアーティストそのものに対して細心の配慮をしているんだなと思った。僕はパフォーマンスや曲作りに細心の注意を払っているけど、日本のみんなはその世界観の深いところまで受け止めようとしてくれているように感じて、自分のステージ前にそういった要素を知ることができて安心したよ。
旅行をすればするほど、違う経験をすることがどれほど素晴らしい贈り物であるかって思わされるよ。ワールドツアーがまるで同じことの繰り返しでどの都市に行っても同じように感じられる、みたいなことを僕は望んでいなくて、むしろ日本でのショーが他のそれとは全然違うっていう状況を楽しみたいね。故郷の伝統とか文化からどれだけ離れているかを痛感するし、むしろそれは光栄なことなんだよ。
──故郷の話も出たので、音楽的背景について少し教えてください。どんな音楽を聴いて育ち、影響を受けましたか。
僕はトロントで育ったんだ。トロントは非常に多文化的な都市で、子供たちがあらゆる種類の音楽を持ち込んで聴いているような公立学校に通ってたよ。子供の頃はラップやヒップホップに影響を受けて、ヒップホップのストーリーテリングにとても惹かれたね。一方でロックンロールのエネルギーにもいつも惹かれていたよ。アーティスト的にはビギー・スモールズ、J・コール、マック・ミラーに影響を受けていて、彼らはラップのデリバリーのスタイル、物語を伝えるリリックの展開が特徴的だよね。僕はそれこそテレビ番組とか映画にハマるように、彼らの紡ぎ出すストーリーにのめり込んでいったんだ。
その後、学校、社会、大人とかへの軋轢を感じる様になった高校生の頃は、その怒りにロックンロールが呼応してくれたように感じた。例えばレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、リンキン・パーク、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなんかはその怒りを代弁してくれて、なんだか自分のことを理解してくれたように感じたんだよね。そして大学に進学するために、巨大なアンダーグラウンド・ダンスシーンがあるカナダのモントリオールという街に引っ越したよ。ダンスミュージック、ダブステップ、トラップミュージックとか、いろいろ研究していたんだけど、当時はその界隈がすごく流行っていた。スクリレックスやアヴィーチーがトロントまでツアーに来て、彼らの音楽に触れたとき、ちょうど自作曲を作り始めたタイミングだったので、自分でも色々試してみたんだ。
でも全部が自分にとってフィットしたわけではなかったから、自分のオリジナルを追求するためにロサンゼルスに移ったんだ。そこで、すべてを少しずつ取り入れる方法を模索したよ。自分のスタイルを特定のジャンルやアーティストのリファレンスに寄せるのではなくて、自分が聴いて育ったさまざまなものをすべてユニークな方法でまとめようと、真剣に取り組み始めたんだ。そこから今のアーティスト像であるgrandsonという物語が始まった感じかな。
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