映画『シャドウワーク』の現場で初めて見せられた姿とは
「やっと自分を大人として認められるようになってきた」奈緒がルールに縛られず謳歌する30代
2026.10.02 19:00
2026.10.02 19:00
アクションシーンは人と戦っていないような感覚でした
──今回、薫はそっけないポロシャツを主に着ていました。衣装合わせではどんな話をされましたか。
衣装合わせでは、薫さんならどんな服を選ぶか、どこで靴を買うかというところまで監督と話し合いながら決めることができて、すごく面白かったです。たとえば靴だったら、薫さんはきっとデザインではなく機能性を重視して選ぶんじゃないかとか。それも、百貨店みたいなところではなく、ファミリー層が好むモールのようなところで買うんじゃないかという話をしたり。
もしかしたら数年前の薫さんは革靴を履いていたかもしれない。けど、今の薫さんはそういう靴は選ばないだろうなという話もあって。今の薫さんの生活から逆算して衣装を選ぶ機会をみなさんと持てたことは、とても豊かな時間になりました。

──衣装からも、薫が自らの女性性を消そうとしている印象を受けました。
そうですね。職場の男性たちはみんな当たりが強くて、薫さんはすごく肩身の狭い思いをしているので、その中で周りと対等でいられるように、自然と女性の持つ柔らかさを削ぎ落としているようなところはあった気がします。
あと、以前、『東京サラダボウル』という作品で緑髪の警察官という役をやらせていただいて。そのときに警察組織って意外と服装に関するルールがないんだということを知ったんですね。なので、今回の衣装合わせでも警察官だからといってそこまでかしこまらなくてもいいかもしれないとお伝えして。時計ひとつも、警察というイメージに縛られすぎることなく、薫さんなら何を身につけるかという基準で選ぶことができました。完成した映画を観たときも、そうやって選んだ小物一つひとつが薫さんの人格をつくり、画面から漂ってくるものがあるなと感じられて、すごくうれしかったです。
──クライマックスのアクションについても聞かせてください。
まずアクション部のみなさんが組み立ててくださったアクションの骨組みを事前に動画で共有いただいて。リハーサルの日が1日あったので、そこでその動画をもとに、部署関係なくみんなで「ここはもっとこう動いたほうが生っぽく見えるんじゃないか」というような意見を出し合いながら動きを固めていきました。

──みなさんが大事にしたことは生っぽさですか。
そうですね。カッコいいシーンというよりも、動物が本能的に戦うときのような荒々しさを大事にしたいという共通した思いがみんなの中であって、そこをどうやって守りながら表現できるかを話し合いました。
──相当ハードなシーンだったと思います。撮影時はかなり疲弊されたのではないでしょうか。
体力的には疲弊していたと思います。ただ、アドレナリンがものすごく出ていたのもあって、最後まで無事に撮り終えたときはみんなで大きくため息をつくような清々しさがあったというか。不思議と興奮しながら帰ったのを覚えています。
──例えが的外れだったら申し訳ないですが、モスラとバトラが共闘してゴジラを倒そうとするような、子どもの頃に観た怪獣映画のような気迫と執念を感じました。
本当におっしゃる通りで。今回、北村(匠海)さんの演じられた晋一は、私は「不条理」のメタファーとしても存在していると思っています。人は不条理なものと対峙したときにどういう選択をとるのか、ということが晋一を通して描かれている。逆に言うと、晋一がなぜこういう人間になってしまったのかというバックボーンはまったく描かれていなくて。ただみんなに暗い影を落とす不条理な怪獣として女性たちの前に現れる。それはまるで人と戦っていないような感覚でしたし、だからこそあんな見たことのない敵と戦うようなシーンがつくれたんだと思います。

──心理的な緊張状態が続く役でした。こうした役を演じる場合、カメラが回っていない時間もちょっと地続きの状態が続くのか、それともカットがかかるごとにパッと切り替わるのか。奈緒さんはどちらでしたか。
普段の現場では自然と切り替わるんですけど、今回に関しては𠮷野監督が「現場で疲れていていいです」と言ってくださって。それが薫にもつながるからという𠮷野監督の演出を聞いて、あえて切り替えないで過ごしていました。こんなにも疲れている姿を隠さず居られた現場は初めてだったかもしれません(笑)。それができたのも、2回目の𠮷野組ということで、スタッフさん達との絆が最初からできていたからかなと思います。
──ちなみに、奈緒さんはクランクアップの後に、役落としはされますか。
特にしないですね。自然と役が離れていくのを待ちます。
──クランクアップ後から何日間はまだ役が残っているような感覚ってあるんでしょうか。
というよりも、今まで演じた役は全部どれだけ時間が経っても自分の中にいるような感覚があります。ふとしたときに「元気かな?」と思い出したり、自分が直面している状況に対して「あの人だったらどうしたかな」と役と照らし合わせて考えることが結構あって。私の中で役というのは、そんなふうに何年後かにふらっと現れて大事なことを教えてくれたり。あのときは一生懸命演じているつもりだったけど、まだまだ考えが浅かったなと気づかせてくれる、大事な存在なんです。

──面白い。役として口にした台詞を何年後かに思い出すこともあったり?
ありますあります。それこそ今回の作品で言えば、自分の役ではないですけど、しのぶさんの「間違うなら正しく間違えたいじゃない」という台詞が私の中ですごく残っていて。今でもふっと思い出して、正しいとか間違いとか誰が決めたんだろう、本当はそんなのないんじゃないかなって考えたりしています。
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