関根勤のマニアック映画でモヤモヤをぶっ飛ばせ! 第12回
今まで観たことのない本当の恐怖が味わえた『ボーダーライン』
2023.04.09 12:00
2023.04.09 12:00
関根勤が偏愛するマニアックな映画を語る連載『関根勤のマニアック映画でモヤモヤをぶっ飛ばせ!』。第12回目は2015年に公開された映画『ボーダーライン』。
FBI捜査官のケイトは、とある誘拐事件を担当していた。その事件の過程で部下を失った彼女は、その主犯格である麻薬カルテルの親玉を追う捜査に上司の推薦で参加することに。しかし、彼女を含めチームを率いる国防総省のマットは秘密主義で、行動を共にする謎の男・アレハンドロの存在も気になっていたケイト。事件の真相に近づけば近づくほど、彼女は後戻りできなくなるのであった。『メッセージ』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督ガ手がけた本作は大きな話題を呼び、2018年に続編『ボーダーライン・ソルジャーズ・デイ』が制作されたほど(監督はステファノ・ソリマに変更された)。そんな本作が映し出す“恐怖”を関根勤が語る。
第12回『ボーダーライン』
この映画を選んだ理由は、とにかくこの作品を僕が大好きで、何度見ても面白い、何度でも観られる映画だからなんですよ。魅力的な人もいっぱい出ているし。本当に怖い作品です。こういう怖さを映画化していいのかな、とさえ思う。「大きい国って、こんな怖いことをしているんだ」って作品です。主人公がFBIの女性で、彼女が呼ばれて「とにかく任務についてくれ」と言われる。何の任務に就くのか聞いても「いや、黙ってついて来い」みたいに教えてもらえないわけです。ゾッとしましたよ、計画がわかってから。まあ酷い。音楽もすごいし、とにかく全部が怖いです。主人公が余計なことをしていると、彼女がどうなってしまうか怖いから「やめればいいのに」って思いながら見ちゃう。でも彼女は正義感が強いから、その言動の動機も理解できる。
本作は麻薬カルテルとアメリカ政府についての作品です。組織の腐敗を描くのはアメリカ映画あるあるだけど、それはもう国民が知っていることだからね。本作に登場するメキシコのカルテルの人たちの演技がすごいんですよ。これ、本当に俳優なの?って(笑)高速道路のシーンとか、むちゃくちゃですよ。そういうのを、主人公のケイトは「こんな捜査認めない」って反発するんです。でも、全てが実は彼女の上官の思惑通りになっていて……物語の全貌を知った時、びっくりする映画です。「なんでそういうことをしたのか」って言うのが最後にわかるわけですよ。いや、こんな怖さはないですね。「ああ、そういうことなの……嫌だなあ」って(笑)。
本作で描かれる政府は、戦争を兵器会社が推しているのと同じ、近いものを感じます。結局彼らの懐にお金が入ってくるんですよ。それで懐にお金が入ってこなくなると、わざと場を“混乱”させて犯罪を活発化させる。そういうのは上の人間が私腹をこやせなくなるからやっているわけで……いやあ、人間のエゴがものすごい形で炙り出された映画ですね。法で裁かないのも、立件しても結局何も変わらないから犯罪者を殺そうとするのも、目的が正義のためではなくて、国が麻薬パワーをコントロールしやすいようにするためなんです。ひどい話ですよ。ああいうことって、あるんだなあ。僕たちの知らないところで起きているのかもしれない。日本でああいうことが起きていても、日本ではこういう映画として描けないですよね。だからそこでアメリカのことをあんなふうに描いて「いやいや、フィクションです」って言えるのがすごい。
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