ヒップホップで社会を生き抜く! 第14回
ジェイ・Zのラップスキルを紹介、自由なフロウと言葉遊びが効いたパンチラインを駆使するMC
2023.03.12 18:00
2023.03.12 18:00
先日Billboard/VIBE誌で最も偉大なラッパートップ50人のリストが公開され、ヒップホップファンの間で大きな話題になっている。多くのヒップホップファンがコメントを寄せ、各々の“グレイテスト・ラッパー”のリストを公開している。
Billboard誌が最も偉大なラッパー1位に選んだのはジェイ・Z。彼のラッパー、そしてビジネスマンとしての功績は計り知れない。ソロアーティストとしてリリースした14枚のアルバムが全米1位を獲得、デビュー前から〈Roc-A-Fella Records〉を立ち上げ、24のグラミー受賞、老舗ヒップホップレーベル〈Def Jam Recordings〉の代表を務め、リアーナやカニエ・ウェストをビリオネアへと導き、さらにエンターテイメント/スポーツ・エージェンシー〈Roc Nation〉を創設した。
2位にはラッパーとして初のピューリッツァー賞を受賞したケンドリック・ラマー、3位には過去にはジェイ・Zとビーフしていた天才リリシストのナズがランクイン。4位には社会的なメッセージを込めたリリックで世界中のファンの心を掴んだ2Pac、5位にはヒップホップの境界線を広げたエミネムが選ばれている。
その後はノトーリアス・B.I.G、リル・ウェイン、ドレイク、スヌープ・ドッグ、ニッキー・ミナージュが続いているが、『ヒップホップで社会を生き抜く!』第14回ではジェイ・Zについて語りたい。ジェイ・Zといえばビジネスマンとしての功績や、いかにしてカムアップしたのかは日本のメディアでも取り上げられているが、彼のラッパーとしてのスキルを紹介する。
ソングライターとしてのラップスキル
まずジェイ・Zのラップの特出するべき点は、“ラップを書かない”ということであろう。それは単に韻がその場で出てくるというだけではなく、ラップのフロウが自由であり、どの曲にも合うフロウでラップすることができるということでもある。ジェイ・Zのアドリブは、いわゆるフリースタイルバトル的なラップではなく、“曲作り”の一環としてのスキルであるように感じる。ラッパーでもある筆者の経験としては、言葉を詰めすぎてしまったり、あまり曲に合っていないラップを書いてしまうことも多い。そのなかで、ジェイ・Zは特にフロウを決めずにレコーディングを開始することにより、そのビートに合う言葉数と流れを感覚的に作ることができているのだろう。
また、ラップを事前に書いていないのもあり、彼は多様なリズムパターンを駆使する。自由なフロウでありつつも、決して前に走っているように聞こえないリズム感を持っており、常にビートに対して後ろにいることによりラップでブラックミュージックのグルーヴを表現することができている。下記はDJ Premierがプロデュースした筆者が最も好きなジェイ・Zの曲であるが、このようなリズムがヨレているビートの上でメトロノーム通りにラップをするとリズム的に走っているように聞こえることが多々ある。しかしジェイ・Zは自由なフロウでありつつも、決して前に走っているように聞こえないリズム感を持っており、常にビートに対して後ろにいることにより特有のグルーヴを表現している。
彼のビートに対するアプローチが一流なのは、ドクター・ドレーの「Still D.R.E.」からもわかる。スヌープ・ドッグやドクター・ドレーが「Still D.R.E.」のラップを書くことに苦戦していたなか、当時ニューヨークで最も熱い若手ラッパーであったジェイ・Zをスタジオに招待し、「Still D.R.E.」のリリックを書かせたのだ。当時のことについて、スヌープ・ドッグは以下のようにコメントしている。
「俺とD.O.C.、ヒップホップ業界で最も優れたソングライターたちが、“Still D.R.E.”のビートを前に苦戦していたんだ。4日経っても何も思い浮かばなかった。それでドクター・ドレーがNYから、LAにある男を連れてきたんだ。全員がスタジオにいるなかで、この男は30分で曲を完成させたんだ。彼はドクター・ドレーのラップパートだけじゃなくて、俺のパートも書いた。完璧だったよ。俺とD.O.C.は、“これはヤラれたな…”と思ったよ。俺たちは大人しく主役の立場を譲ったよ。“Still D.R.E.”のラップは全てジェイ・Zが書いたんだ」
また、ジェイ・Zは、「Still D.R.E.」のラップを書いたことに関して、以下のように発言している。
「俺はレファレンストラックとして、スヌープとドレーのパートをどちらもラップして、声も似せないといけなかったんだ。それが世に出回ってなくてよかったよ(笑)。そのようなことをやるには、彼らに対する敬意が必要だ。“The Chronic”など、彼らがやってきたことに対する敬意を持って、彼らのエッセンスを出す必要があった。2人とも〈Death Row Records〉を去った後だったし、カムバックする彼らの立場にならないといけなかった」
このエピソードからも、いかにジェイ・Zがソングライターとしてのラップスキルを持っているかがわかるだろう。ちなみに、ラッパーとしてゴーストライターを雇うのはご法度であるが、ドクター・ドレーはプロデューサーなので許される。
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