再再演を迎えた名作を今の時代だからこそ観るべき理由とは
MLBのロッカールームが象徴する、現在進行形の複雑な“世界” 舞台『Take Me Out』開幕
2025.05.20 17:30
2025.05.20 17:30
再構築されたラストシーンに感じる祈りとは
日本での初演は2016年。2018年に再演され、演出家・藤田俊太郎の手によって再再演となった今作だが、前の2作とはキャストも演出もガラリと変わった(というか、会見前日にラストシーンが大幅に変更になったと藤田は会見で語っていた)。とにかく、この繊細な作品を作り上げた藤田と、俳優陣に拍手を贈りたい。ダレン役の章平は初演からこの役を演じているだけあり、役への解像度の高さは抜群。体格の良さと堂々たる佇まいがメジャーリーガーのスターという役柄にピッタリとハマり、だからこそ想定外の事象が起こったときの脆さに人間臭さが漂う。そんなダレンを支える役となるメイソンを演じた玉置玲央は、さすがの実力。野球に全く興味がなかったダレンと関わる中で野球を好きになり、野球の魅力を語る……ただ彼にとっての野球の楽しさを説明しているだけなのに、ダレンが彼に心を許していくことが観客に手に取るようにわかる。玉置玲央の繊細な演技力があってこその技だ。


メイソンともう1人、舞台の語り部とも言えるキッピーを演じたのは三浦涼介。メジャーリーガーの世界にいながらも優しくインテリで、チームを少し俯瞰で見ているようなスタンスがよく似合う。チームで唯一の日本人・カワバタを演じた原嘉孝は、三浦と同じく今回初参加組。途中、彼が自分の心情や出自を吐露するまでセリフがほとんど無い役柄ながら、言葉が通じない苛立ち、マイノリティであることの孤独感、焦燥感……そういったものが視線、表情、体全体から伝わってくる。観ているだけでヒリヒリするような存在感は、さまざまな舞台でキャリアを積んだ彼だからこそ。

ヒリヒリするといえば、シェーン役の玲央バルトナーも素晴らしい。両親が2歳で心中して施設で育ったという過酷な生い立ちの中、メジャーリーガーまで這い上がってきた“アメリカン・ドリームの体現者”シェーン。感情をあまり表に出さず、その育ちゆえか感情をうまく説明する言葉を持たず、おそらく「差別しないこと」を教育される機会も少なかったと推察される彼。物語の後半、彼がある“事件”を起こすのだが、そこからの彼の演技の壮絶さといったら……!

ほかにも、舞台上での存在感にこんな骨太な演技もできるのかと驚かされたトッディ役の渡辺大、無邪気なだけにダレンとのやり取りにヒヤヒヤさせられるジェイソンの小柳心、陽気なドミニカンらしさとメジャーリーグでの複雑な立ち位置を垣間見せたロドリゲスの加藤良輔とマルティネスの陳内将。監督・スキッパー役の田中茂弘は、抑えた演技で老獪な指揮官を演じる。そして、辛源が演じたダレルの“親友”デイビーの、アメリカ社会にいそうな“善良”さ! この善良さ、特にキリスト教的なそれが人をときに追い詰めるというのも、覚えがありすぎるだけに観ていて心が詰まりそうになる。
タイトルの『Take Me Out』は、直訳すると“ここから連れ出して”。MLBではおなじみの曲「Take me out to the ball game」から取られたのだろうが、観終わったあとにはさまざまな角度からこの言葉を噛みしめることになるだろう。連れ出す? どこに? まだまだ社会的な成熟や、すべての人の幸福からは遠いかもしれないけれど、できれば今よりも1歩でも“良き世界”に……ラストシーンからはそんな祈りのような思いが見えてくるようだ。

なお今回、「ルーキーチーム」では俳優だけでなく、演出もガラッと違うという大胆な試みが行われるという。かなり繊細な作品だけに、細かな演出でもかなり印象が変わりそうだ。今の時代だからこそ、多くの人に観てほしい作品。できれば、2作品観比べる形での観劇にトライしてほしい。