2025.04.02 18:00
2025.04.02 18:00
やっぱり感性のルーツは地元かもしれない
──『ガンニバル』は人間の理性の限界を突破するような凄絶な作品です。お二人のこれまでの役者人生の中で特に凄絶だった経験を伺いたいのですが、いかがですか。
倉 僕は今回の『ガンニバル』シーズン2です。作品が重たいというのもありますけど、撮影環境もなかなかハードでして。真冬に撮っていたので寒さも厳しかったですし、周りは素晴らしい俳優さんばかりなのでプレッシャーもすごかったですし。少なくとも僕の役者人生の中で3本の指に入るくらい大変な現場でした。
恒松 お互いよく頑張ったよね。
倉 でも本当にいい作品になったので終わりよければすべて良しというか。あとは友達がいっぱいできたんで、みなさんの存在が心の支えでした。
恒松 確かに。スタッフさんと一緒によくご飯に行ってたもんね。
倉 はい。今でも会うくらいの友達ができたのは、すごくうれしかったです。
恒松 私はこの『ガンニバル』シーズン2の撮影が終わった直後に『ハザカイキ』という舞台に出演させていただいたのですが、それが特に大変でした。
倉 どんな舞台だったんですか。
恒松 私がスキャンダルを起こした芸能人の役で、舞台の終盤に客席を報道席に見立てて、謝罪会見をするシーンがあるのですが、台本13ページ分の台詞を、15分間、お客さんに向かって一人でしゃべり続けるっていう演出があって。
倉 めっちゃ大変じゃないですか。
恒松 このシーンをミスしたら、今まで積み重ねてきたものが全部崩れるというプレッシャーがあって。しかも、演出で客席の1列目に記者役の人が座るんです。やっぱり近くにいるお客さんは、目の前に俳優さんがいることに動揺を隠し切れないじゃないですか。そういうのも目に入る中でお芝居に集中しなくちゃいけなくて。あれは今まででいちばん大変なお芝居でした。もう疲れすぎて、本番が終わったあとは記憶がなくなってました(笑)。

──ではもう一つ絡めた質問を。村社会というのが本作のベースにあるわけですが、お二人にとって生まれ故郷ってどういうものですか。あの街に生まれたから今の自分がいると思えるルーツみたいなものってありますか。
恒松 私の地元は洋服屋さんがいっぱいある街で、古着屋さんとか、昔ながらのこだわりがつまったお店が街を歩いているだけで眺められたんですね。私のアート的な感性は、やっぱりあの街で育てられたのかなと思います。10代後半の頃にファッションに興味を持ちはじめたのですが、地元のお店でもよく買ってましたね。
倉 え〜。そんなエピソードあるかな。大阪の普通の街だからなあ。
恒松 地元では何してたの?
倉 それこそ10代のときはよく大阪のアメリカ村に入り浸っていました。そこの古着屋で働いていたんですよ。僕が映画に興味を持つきっかけも服で。服って何年代のファッションとかあるじゃないですか。その時代に流行った服を見るのが好きで映画も好きになったんです。
恒松 エピソードあるじゃん!
倉 この世界に入ったのも、アメ村で撮られた雑誌のスナップがきっかけで。スカウトされた時に「やりたくてもできないやつがおるんやから、1回飛び込んでみろよ。ダサいぞ」と言われて上京してきたんで、確かにルーツという意味ではアメ村かもしれない。当時はアメ村に行くと、知ってる誰かがいるっていう感覚でした。

──今でも地元に帰ると感慨が湧いてくるところはありますか。
恒松 ありますね。
倉 えー、絶対うそだ(笑)。
恒松 あるある! 地元の好きなご飯屋さんとかあるじゃん。学校帰りによくこのラーメン屋さんに行ったなとか。そういうお店に無性に足を運びたくなります。
倉 店かあ。地元の近くにコストコができたらしいです。
恒松 あはは。それは行かなきゃ(笑)。

ヘアメイク/安海督曜 スタイリスト/武久真理江
倉悠貴
メイク/NOBUKIYO スタイリスト/伊藤省吾 (sitor)