“現在”ならではのプリンセスストーリーの魅力を徹底解説
念願の再演を迎えた“愛と冒険”の物語、葵わかな&木下晴香主演ミュージカル『アナスタシア』開幕
2023.09.13 21:00
2023.09.13 21:00
ミュージカル『アナスタシア』が9月12日(火)より東京・東急シアターオーブで開幕。それに先駆けプレスコールと初日前会見が9月11日(月)に開催された。
この『アナスタシア』は、アニメ映画『アナスタシア』をもとに2017年に製作されたブロードウェイ・ミュージカル。ブロードウェイ版クリエイティブスタッフと日本キャストで2020年春に日本初演を迎えたが、新型コロナウィルス流行の影響により大半の公演が中止になってしまった……という経緯を持つ。つまり今回は、3年半振りのキャスト・スタッフ陣の思いも詰まった念願の再演というわけだ。
舞台は20世紀初頭、帝政末期のロシア、サンクトペテルブルク。ロシア帝国皇帝ニコライ2世の末娘として生まれたアナスタシア(葵わかな/木下晴香)は、祖母マリア皇太后(麻実れい)から貰ったオルゴールを宝物に家族と幸せに暮らしていたが、突如ボリシェビキ(後のソ連共産党)の攻撃を受け、一家は滅びてしまう。しかしアナスタシアの生存を噂する声が街ではまことしやかに広がり、パリに住むマリア皇太后はアナスタシアを探すため多額の賞金を懸ける。それを聞いた二人の詐欺師、ディミトリ(海宝直人/相葉裕樹/内海啓貴)とヴラド(大澄賢也/石川禅)は、貧しい記憶喪失の少女・アーニャを利用し、賞金をだまし取ろうと企てる。3人でパリへ向かう中、記憶喪失だったアーニャは次第に昔の記憶を取り戻してゆく。
一方、ロシア政府はボリシェビキの将官グレブ(堂珍嘉邦/田代万里生)にアナスタシアの暗殺命令を下す。マリア皇太后に仕えるリリー(朝海ひかる/マルシア/堀内敬子)の協力を得て、マリア皇太后とついに顔を合わせることになったアーニャ。果たして、彼女の運命は……。
原作のアニメ映画やブロードウェイ作品を知らずとも、このあらすじにピンときた人もいるはず。『アナスタシア』は、「ニコライ2世の皇女・アナスタシアが実は生き延びていたのでは?」という「アナスタシア伝説」にインスパイアされたもの。
ストーリーだけ読むと、不幸な境遇に陥ったプリンセスが紆余曲折の果に幸せを掴む……という「プリンセスものの王道」に思えるかもしれない。1997年に公開された元のアニメ映画は子供向けということもあり、そちらの色が濃かったのは確かだろう。しかし、ミュージカル化に際してはストーリーラインはそのままに、敵役などを含め大きな改定が行われている。記者会見でアナスタシア役の葵わかなが「おとぎ話のような夢の詰まった作品ですが、歴史的事実や、役作り、振付などに現実味のあるエッセンスも含まれている。そんな夢と現実が併存する世界観が本作の特徴」と語ったように、予備情報がなく見ても楽しめるが、歴史的なところをふまえるとよりグッと来る、そんな奥深さを持った作品となっているのだ。
実際の世界史の「ifストーリー」とも言えるような作品だけに、背景を知る人にはより興味深く楽しめるという面白さもある。特にこの「ロマノフ家の処刑」に関しては1918年に起きた実話であり、幼い子供を含めた一家全員殺害という悲劇的な出来事のため、知っているとより主人公・アーニャの背負った運命や舞台上のロマノフ家の様子が胸に迫ってくるのではないだろうか。ちなみにその悲劇性ゆえ「せめて誰かが生き残っていていてほしい」という思いがアナスタシア伝説を生み、あちこちで“偽アナスタシア”が登場した要因にもなったのだが……。
登場人物たちが、現代の人々から共感しやすいキャラクターになっているのもポイントだ。記憶をなくしたアーニャが探すのは“幸福”といったような漠然としたものではなく、「自分が何者であるか」といういわばアイデンティティ。恐怖を抱えながらもそこに立ち向かい、自らの手で未来を掴み取る冒険に向かう姿は、“今”の時代のプリンセスの姿だ。世界中で多くの観客に受け入れられ、好評を博しているのも納得がいく。過酷な生い立ちながら“魂の高潔さ”を失っていないディミトリ、恋と自らの置かれた立場に葛藤するグレヴなど、彼女を巡るキャラクターも皆バックボーンをしっかり持つ。ちなみに今回のプレスコールでは音楽のステファン・フラハティと作詞のリン・アレンスによる楽曲解説も行われたのだが、例えば元の映画では敵役が“怪僧”ラスプーチンだったところを、ミュージカル化に際しボリシェビキのグレブという「大人の敵」に変更、これが好評を得た、という経緯があるとか。
アーニャを巡る男性2人とは対象的に、コミカルな「大人の恋の駆け引き」を見せてくれるヴラドとリリーの場面が良いスパイス。この2人を演じるベテランキャスト陣の芸達者ぶりは、重くなりそうな作品を笑いで引き上げてくれるものだ。
音楽、演出、舞台美術、キャスト陣の演技&歌唱力……そのどれもが“ゴージャス”なところも要注目だ。鮮やかな映像(世界最高水準の高精細LEDを使用とのこと)と豪華なセットが融合したとにかく美しい舞台美術、ロシア音楽のどこか哀愁漂う旋律を多用しながら、聴く人の心に強く残るナンバーの数々。
また、登場するロシア人たちが懐かしく回顧するのは、チャイコフスキー『白鳥の湖』をはじめ数多の名作が生まれていった帝政ロシア文化。劇中では、かなり本格的なバレエシーンを見ることができるのもお楽しみの1つだ。
初演時の悔しさもあるのだろう。「この作品を多くの人に届けたい」というキャスト・スタッフ陣の熱意が、隅々から伝わってくるこの『アナスタシア』。前述したようにリアルな葛藤をたくさん描いているからこそ、彼女が決意するラストの“選択”は観る人すべてをハッピーにしてくれるはず! その爽快感と感動を、ぜひ味わってみてほしい。