2023.08.16 18:00
2023.08.16 18:00
タイアップは共鳴し合う作業
──『春めく私小説』は本当に色とりどりですし、いろんなアイディアが詰め込まれているし、それぞれの曲にそれぞれの物語と世界があるんですけど、それを包括するような感じで「要するにクジラ夜の街っていうのはこういうことを歌うバンドなんだ」っていうのが今まで以上にすごく伝わってくる作品になったなと思います。
宮崎 そうですね。やっぱり今、ライブにこれだけ愛してくれている方々が来ていただけるっていうのは、第一歩として間違って無かったんだなあと、このツアーを通してまず思いましたね。
──そしてその中で次に出てきたのがこの「マスカレードパレード」という曲で。またしてもいい意味で裏切られたというか、すごいパンチを喰らったような感覚になったんですけれども。すごいですよ、この曲。
宮崎・秦 ありがとうございます!
──アニメ『闇芝居』のエンディングテーマということで、もちろん作品の世界観ともちろんマッチしているし、これまで皆さんが描いてきたものとも繋がっているし、でもそれを超える何かがある。野心と挑戦心が込められた曲なんじゃないかなと。
宮崎 これはアニメのチームの方がライブを観てくださって、そこからお話をいただいたんですよね。そのライブは僕らと同期くらいの若手バンドが7、8組出ているようなイベントだったんですけども、その中で僕たちに目をつけていただいて「ぜひ楽曲を作ってほしい」って言われたっていう。それがまず喜びでした。でも、さっき僕が言った「心で作ってはいけない」っていうところなんですけど、この曲はそういう嬉しさや喜び、その勢いそのままだけで作ったらいけないなっていうのを思ったんですよね。だからまずは『闇芝居』という作品をちゃんと頭で考えて、向き合って、とにかく冷静に「この楽曲、自分たちにできることはなんだろう、自分たちの表現できるものはなんだろう」って考えて。しかも、さっき「迎合はしない」と言いましたけど、タイアップである以上共鳴は絶対にしないといけない。そうやって細い穴に糸を通すような感じで模索していきました。それがあまりにも楽しかったです。
──苦しかった、ではなくて?
宮崎 苦になるのかなとも思っていたんですけど、そうやって組み合わせていく作業っていうのが自分にとって意外なほど楽しくて。やっぱりそういう中で曲に込める思いも単純に闇雲に作っていたあのころよりもグッと上がりましたし、新しい制作の仕方としてはこれ以上ないような過程になったのかなと思います。
──『闇芝居』っていう作品も非常に強烈な世界を持った作品じゃないですか。歴史もあるし。対してクジラ夜の街ももちろん自分たちの世界をしっかり持っていて。それがぶつかり合う、あるいは溶け合うみたいな形で曲ができていったんですね。
宮崎 そうですね。タイアップって、さっき言った30分ライブと同じで、それを制限だと感じる人もいるかもしれないんですよ。自分たちの本当にやりたいことを自由にやりたいけど「こういう曲調でお願いします」とか「こういうキーワードを入れてください」っていうことが枷になるというか。だけど僕は、それは歴史ある『闇芝居』というものからいただいたインスピレーションだと思えるので。そうやって一緒に共鳴し合うものを作れるっていうのは、ただ自由にノートを広げるよりも喜ばしいことだなと。そういうやり方が自分にはすごく向いていることなんだなって痛感しましたね。
──先ほど「冷静に」っていう言葉がありましたけど、歌詞を読むと必ずしも『闇芝居』にとらわれすぎず、もっと広いものを歌おうとしているような感じがするんです。これはどういうふうにテーマとかモチーフを見つけていきましたか?
宮崎 これはそれこそまず「仮面」というテーマを提示されて、それで楽曲を作ろうということになって。そのときに、昨今「ありのままの自分でいなさい」とか「嘘をつくのをやめましょう」とか「着飾ったりしないで素直なあなたでいてください」というようなメッセージばかりが溢れているなと思ったんです。でも、そんなふうに生きることができている人の方が圧倒的に少ないし、それを善とするのも早計だなと感じたんですよね。仮面っていうものは忌むべきものではないんじゃないか、仮面っていうものは自分を表現するうえでの武器であったり、魂であったり、その人の人生そのものなんじゃないかって思ったんです。でもそうやって「仮面」を肯定的な意味で捉えている楽曲ってあまりないんじゃないかとも思って、だったら仮面を被って生きることを肯定する楽曲にしようというところにたどり着きましたね。
──結構斬新な切り口ですよね。
宮崎 そうですね。誰も切っていないところを切らないと意味がないと思っているんですよね。アーティストには「あなただけの個性」みたいなものが求められていると思うし、この仮面っていう議題に関して自分にとってのそれはこれだったなっていう。
──そういう切り口を見つけたことによって、今まで以上に生々しいというか、宮崎さんのリアルな実感により近い曲になった気がするんですよね。その感触っていうのがこれまでの皆さんの曲とはちょっと違う。
宮崎 「ファンタジー」ってふわふわしているものだけではないと思うんですよ。当たり障りのないようなことで、ハッピーで、きれいな言葉ばかりだけでは、それはファンタジーとは言わないなというか、誰かの心と響き合うものがないと、自分は幻想的なものとは言えないと思うので。っていうので言うと生々しさとファンタジーというのは必ずしも相反するものではない、必ずそこが結びつくものがあるっていう意識のもとに「マスカレードパレード」は作りましたし、今後の楽曲も絶対にそうしていこうっていう強い決心になりました。
──うん。これまでの曲もそうだったと思うんですよね。どの曲もやっぱり現実とどこかで背中合わせになってる。
宮崎 それを露骨にしすぎるのも良くない。それではファンタジーを作るバンドではないので。これからも隠しながら、でも誰かに見つけて欲しいという思いも少しだけ込めながらっていう塩梅を自分の中で誇示していきたいなと思います。
──だから、この曲はそこのバランスというか濃度をちょっと変えた感じですよね。それによって今までにないパワーを持つ曲になったんじゃないのかなと思います。
佐伯 受け取ったときには「怖い曲だな」と思ったんですよ。いつもはスタジオでセッションで作るのが多いんですけど、この曲は最初弾き語りで送られてきて。いざスタジオで合わせてみたらすごく良くなっていきました。
──たしかにちょっと「怖さ」もありますよね。
佐伯 展開もすごくありますし。
──リズムの展開とか、すごいですよね。
秦 そうですね。やっぱりバンドでアレンジしていくと、いろんなリズム展開が生まれるじゃないですか。それを聴いたときにすごくおもしろい曲だなっていう実感が湧いてきて。やっぱりドラムってリズムを司る楽器なので、そういう意味では貢献できたのかなって思うし、自分もおもしろいことできたし、バンドとしてもこうやってコロコロリズムが変わる曲って邦ロックの界隈ではあまり見受けられないような構成だと思うから、このバンドならではのおもしろいことができたんじゃないかなと思います。
──その、リズムがコロコロ変わっていく構成っていうのも、それこそ歌詞で歌われているように「人はいろいろな仮面を持っている」っていうことを表現しているのかなと思ったんですが。
宮崎 まったくもってその通りです。リズムは全部自分が考えたんですけど、人間の本質を表しているコード進行は変わらない中で、リズムっていう表面的に表れるものだけが変わっていく。これが仮面を持つってことなんじゃないかなっていうのを表現したかったんです。
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