最新ドキュメンタリー映画の裏側、盟友・番場秀一を語る
偶然結実した森山直太朗の必然 映画でしか表現できなかった、言葉にならない感情とは
2025.04.04 18:00
2025.04.04 18:00
評価されるかどうかは、センシティヴな問題
──映画ができてから一度限定的に公開されて多少時間が経ちましたが、映画そのものが森山さんに与えた影響というとどういうものでしょう。
二つあって、一つはただただありがたいなって気持ちです。自分のやっているこういうライブも含めた活動を音楽っていうカテゴリーじゃないところで、いろんな方に知っていただける機会ができたということと、あとは同時に番場秀一の作品っていう、これは謙遜とか遠慮とかじゃなくて、番場秀一が見た世界だから。全然この映画じゃない話の延長で、「バンバンどうしたいの?」みたいな話をしたら、「評価されたい」って言ってて(笑)、それってバンバンから一番遠い言葉だったのに、それを赤裸々に言ってくれた彼がいて、でもどこかですごく共感できるっていうか。
今、この時代に作品を作って残していくことの意味や意義は常につきまとうじゃないですか。特に番場監督の仕事は人から依頼される中で、どう自分らしいものを作って評価されるかだから、結構センシティヴな問題だよなと思うんです。そんな中でも僕らは過ごしてきた年月も長いですし、お互いの良さも悪さも知っている。だから、この作品は番場監督の想いも携えて、こうした取材も含めて、できる限りいろんなところに伝えていきたいなっていう気持ちもあります。

──なので、ファンの方もちろんですが、そうでない方にもたまたま出会ってほしい内容だと思います。
本当にそう言っていただけるとありがたいし、でもそういう偶然を呼び込めるだけの、なんかそういう種類のものだなって自分も私事ながら思ってます。
──最後にリリースされることになった主題歌の「新世界」について伺うのですが、これは森山さんがお父さんの視点になるっていうことなのか、どういうことなんだろう?と。
これはね、父が亡くなる一ヵ月半前にちょうど家で一晩ひとりで過ごす時があって。「ああ父親ももう逝くのか」って。でもその時はまだ半年ぐらい生きるのかなと思ってたんですけど、別れが近いと思ったら無性にさみしくなったんですね。それは物理的に離れていくさみしさと、あとは父親の人生そのものが彼らしく正直で真っ当な人生だったのか?っていうことを思うと、そうじゃなかった部分も含めてとっても切ない気持ちになって。で、気づいたら曲ができていて。恥ずかしい話なんですけども、泣きながら作ってたんです。「これって俺の感情じゃないよな」と思って。父は肺がんだったんで、当時話すのも辛そうで。だからだんだん不自由になっていく父が死ぬ寸前まで抱えていたやりきれなさと感謝の気持ちを自分を通してというか、曲に成り代わって作らせたのかな? みたいな。普通死んだ後とかにそういうことがあるけれど、生きてるうちにそれを彼は僕を介在してやったのかな?っていうふうに思ったんですね。
でも作ったときにはその感情で終わっていて、すっかり曲を作ったことも忘れていたんです。そして今回映画のようなものができたときに番場監督に「これ映画のようなエンドロールってつくの?」って訊いたら、「つけない」って言ったんですよ。それはそれでひとつの思想としてはない選択じゃないとは思うけど、やっぱり関わってくださった人たちもいるからエンドロール流そうって提案して。そうしたら、そこに彼は真っ白な世界を作りたいと言ったので、初めて曲を流すとなった時にとってつけたような曲はやだなと思ったとき、そういえば俺なんか去年の9月ぐらいに曲作ってた記憶あるかもと思ってボイスレコーダーを探してこの曲を聞かせたら、「これで行きましょう」って即決してくれました。だから不思議な引き合い方っていうか、作ろうとして用意したんじゃなくて、ただそこにあったものだったんですね。まあでも『素晴らしい世界は何処に』って映画自体がそういうものだったから、これはこれで必然なのかなとか思っています。
