2024.03.10 15:00
撮影:引地信彦
2024.03.10 15:00
赤堀雅秋プロデュース『ボイラーマン』が2024年3月7日、東京・本多劇場にて開幕した。
舞台上にあるのは、建物の裏手らしい場所。電話ボックス、自動販売機、ごみ集積所、放置自転車、正面奥には階段……どこにでもありそうな、街の片隅の光景だ。そこに一人、喪服の女(安達祐実)が現れた。続いて石段の上からは、トレンチコート姿の中年男(田中哲司)。互いをやり過ごした後、残った男は煙草に火をつけ、それをマンションの住人である中年女(村岡希美)が見咎め、糾弾する。体調の悪そうな警官(赤堀雅秋)が現れ、中年女とのやりとりから、この町で連続放火事件が起きていることがわかる。さらには奇矯な言動の老人(でんでん)と、彼を庇護する様子の小柄な女(井上向日葵)、喪服の女のつれの男(水澤紳吾)、マンションに住むキャバクラ勤めの若い女(樋口日奈)、彼女を追い回している様子の若くもない男(薬丸翔)……その9人が繰り広げる、一夜の出来事を淡々と描いてゆく。
赤堀雅秋の作品を観るのが初めての人はもちろんのこと、彼の作品をずっと観続けてきた人でも、この作品を観て最初は戸惑うかもしれない……それが、この作品の最初の印象だ。
会うはずがない人物たちが、たまたま邂逅する。都市の中でほんのひととき、奇跡のように時折起こる偶然のめぐり合わせを、非常に緻密にこの作品は描いている……そう書くと一見ハートウォーミングな作品のように思えるかもしれないが、この作品の印象はむしろ逆。誤解を恐れずに言ってしまえば、全編にわたって流れているのは「不穏さ」だ。いや、やり取り等で笑いが起こるコミカルな部分はたくさんあるのだが、それでもどこか緊張感と不穏さがぬぐえない。
舞台上で起こる出来事や、交わされる言葉を聞いているうちに、観客は少しずつ彼らの抱えた事情や人となり、今何が起こっているのかを理解していく。田中哲司演じる道に迷っているらしい中年男は、どうやら会社員で、甲州街道に出たいらしい。安達祐実演じる喪服の女は、落としたピアスを探している。そのピアスはつれの男とケンカした際に落としてしまったもので、つれの男は小柄だが元ボクサー。奇妙な言動の老人を迎えにきた小柄な女は、身内ではなく“友人”らしい。マンションに住む中年女は最近立て続けに近所で起こっている放火事件に怯えているし、同じマンションに住む若い女は、彼女に交際を求めてつきまとう客の男をどうやら疎ましく思っている。
マンションの裏路地で出会った彼らの関係には、別に大きな“事件”は起きない。いや、遠くで火事が起き、それをみんなで見たりという比較的大きな出来事はあるものの、彼らの関係性がガラリと変わるような波風を立てるきっかけや、カタルシスとなるわけではない。
しかし、そのやりとりを聞くうちに、だんだんとその世界にどっぷりハマっている自分に気がつく。それは、淡々と、その場で起きたことをただ「目撃」するという行動が、現実の私達の体験するそれとどこか似ているからだろう。
現実世界では、眼の前で起こる出来事を観測したり、他者からの言葉を聞いても、その状況や人を100%理解できるわけではない。フィクションのようにモノローグはないから相手の内面はわからないし、自分がいない場所で起きている物事は知るすべがない。インサートもフラッシュバックもないから過去の出来事も、相手のバックボーンもわからない。ちょっとずつ、手探りで状況や人を理解していく……この舞台で見ることができるのは、私達が現実世界で恐る恐るやっているその行動だ。
そして特筆すべきは、この作品では一度掴みかけたような状況や登場人物の印象が、くるりくるりと変わっていく。それもまた非常にリアルと言えることで、なぜなら私達の現実ではほんの一瞬だけ邂逅した相手と何かが共有できたような気になる瞬間もあるし、わかったようでそれがするりと手のひらをこぼれ落ちていくこともある。舞台上で行われるのは、見る人の記憶を喚起し、胸の奥を少しチクリとさせるような光景だ。
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