“子宮”をテーマにしたSFコメディをどう捉えればいい?
映画『ポッド・ジェネレーション』監督が提起する、AIと過ごす未来に向けた問題とは
2023.12.03 17:00
ソフィー・バーセス監督
2023.12.03 17:00
『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズで人気のエミリア・クラークと、『それでも夜は明ける』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたキウェテル・イジョフォー共演の映画『ポッド・ジェネレーション』が公開中。
舞台は近未来のニューヨーク。持ち運び可能な卵型の「ポッド」と呼ばれる機械の中で妊娠から出産まで赤ちゃんを育てられる時代に、ハイテク企業に勤めるキャリアウーマンのレイチェルはそんな新たな出産方法に惹かれる。一方、夫であり植物学者のアルヴィーは失われつつある自然界を守ることに奮闘しており、もちろん出産も自然派。そんな二人が“ポッド妊娠”を選択し、新時代の育児と向き合うことになる。
多くの人に発見を与えるであろう本作を丁寧に作り上げたのは、監督のソフィー・バーセス。フランス系アメリカ人の彼女が、本作を通じて観客に訴えることは何か。
テクノロジーの寓話を描きたかった
──本作では非常に興味深いテーマを扱っていますが、その制作の意図から聞かせてください。
本作では商品化に最もそぐわないもの……“子宮”をテーマに据えようと考えました。子宮が外在化され、商品化され、女性の体から取り除かれる一種の物体になるとどうなるのか、お見せしたかったんです。とはいえ、本作は私たちが日々扱っているすべてのテクノロジーの寓話でもあり、そのメインテーマがたまたま子宮でした。ただ、この主題が私たちの日常生活において生物学的なものとデジタルの区別がますます難しくなっていくであろうこと、そして「人間とは何なのか」、そうたらしめる行動とは何なのかという問題に深く関わってくると感じました。
こういうテーマに哲学的、社会学的、倫理的な視点から興味を持った理由に、アメリカが技術開発のスピードが早い一方で、大きな問題が起きるまでレギュレーションを設けない背景があります。SNSで読んだのですが、今アメリカの42の州がInstagramとマーク・ザッカーバーグを訴えているんです。理由は、ティーンエイジャーが“Instagram中毒”になっているから。でも、この問題提起もすごく遅いように感じるんですよね。
アメリカではイノベーションを急ぐ傾向があります。しかし、そのイノベーションが起きた時、私たちは自問自答を迫られる。なので、私は本作をNetflixオリジナル映画の『ドント・ルック・アップ』みたいな風刺として作りたかったのです(笑)。誰も何もしなかったり、問題を認識しているのに何も解決できなかったり。何か問いが生まれたら、それは解決しなければいけないものです。私の目的は確実な答えを出すのではなく、問題提起することでした。
──AIやテクノロジーの発達を題材にした作品はホラーやスリラー、サスペンスジャンルの映画になる傾向が多いと感じますが、本作はコメディでもあって独特の雰囲気が印象的でした。
私は混合されたテクスチャーが大好きなんです。だから作品をあなたが感じたような雰囲気にするのが狙いでした。私にスリラーは書けません。ただシュールレアリスムであり、コメディであり、風刺的でちょっと哲学的で、教訓的な物語を書こうとしたんです。
私はスパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』や『アダプテーション』、ミシェル・ゴンドリー監督の『エターナル・サンシャイン』のようなSFを通して人類にとって意味のあることについて語る映画が大好きです。善人と悪人を分断するようなSFは好きではないけど、人間としてどこへ向かっているのかについて、哲学的な問いを投げかけるものは好き。その答えの先にあるものは、私たちが望む未来だから。
今、企業が毎日私たちに何をしているのか疑問を持った方が良いです。今日におけるシリコンバレーでは5人だけの人間で人類の未来が決められていて、それを取り巻く規制がありません。そして彼らは民主的に選ばれたわけではない……。人々は、これについて議論する必要があると知るべきなんです。ホラーやスリラー、サスペンスというジャンルにせずともユーモアのセンスを以てして風刺的な形で本作を作ったとしても、少なくとも何かの問題を提示し、人々が話し始めるきっかけを与えることはできると思いました。
──本作の世界観、ビジュアルデザインに圧倒されました。どのように構築されたのかお聞かせください。
私もプロダクションデザインには魅了されました。実際、本作の制作は途中でパンデミックが起きてしまったことで、予定以上に多くの時間を費やしたんです。なのでリサーチにもう1年かけられることになって、より生物学的なものとデジタルの境界線が曖昧な世界について想像することにしました。その境界線を曖昧にすることこそ、ハイテク世界における企業が力を入れていることのように思えたんです。私たちの脳は何百万年にもわたる進化の中で、自然の美しさを愛でるように作られている。だからアップルストアにはふんだんに木の素材が使われているし、木が植えられているんです。脳を騙して、木を愛でる感覚と同様にテクノロジーを愛でるように仕向けている。
私たちは現代建築において人々が自然と繋がっているからこそ、自然を都市に持ち込む「ビオラ」と呼ばれる新しい流れが実際にあることを、本作のデザインを通して示したかったんです。素敵だし美しいけど、難しいのは結局のところ人間は自然のある場所に行くべきであり、“自然が来る”のを待って都市に止まるべきではないと思うんです。これらは本作で描かれる「自然の商品化」にも通ずるものがあります。未来のニューヨークなら、「酸素」が売れるなら売られるだろうなと考え、そのアイデアを映画の中でも起用しています。自然へのアクセスは今後どんどん乏しくなるだろうから、そういうものが“買わなければいけない”と感じるような、非常に貴重なものになる。未来では自然は破壊され続けるからこそ、より高価なものになって、植物や木々の中で自然を感じるようなバーチャル体験みたいな、“ちょっとした自然を買う”ことって増えると思うんです。そんなふうに自然と再びつながるための人工的な方法はいくらでもあるけど、結局それらの全てはマーケティングだし、非常に馬鹿げています。
──なんだか未来を憂いて仕方なくなってきますが、監督ご自身はどう感じますか?
希望はあると思います。新たな世代に望みを託したい、彼らは恐らくこういう未来に反抗するだろうから。
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