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COLUMN

ヒップホップで社会を生き抜く! 第23回

“ヒップホップの最重要人物”グランドマスター・フラッシュの探究心が産んだ巨大カルチャー

2023.10.02 19:00

http://www.grandmasterflash.com/

2023.10.02 19:00

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自身を知ってもらうために起こした行動

グランドマスター・フラッシュは他のパイオニアに比べても、今でも大きなイベントなどでDJをし、歴史を伝える活動をしている。今でも多くのインタビューなどにも登場し表舞台に出ている彼だが、音楽業界に騙され、キャリアが台無しになった時期もあったようだ。彼は2017年にAllHipHopのインタビューにて、いかにどん底から復活したかを語った。

私は騙されたことが何度もある。自分に近い人だったり、自分が育てたような人に騙されたりもした。地面に叩きつけられたときもあった。ドラッグをやって酒を飲んで、ターンテーブルから去った時期もあった。オーバードーズで自分の命を失う寸前でもあった。母親、父親、そして祖母が同じ時期に亡くなっていった。

ドラッグで意識不明になっているとき、“もう一度起き上がれたら、ドラッグも完全に辞めて、今まで騙してきた人たちも全員許す”と願ったんだ。そして自分のキャリアを作り直すことも誓った」

ヒップホップDJの祖でもある彼は、親しい人たちに騙され、さらにはドラッグ生活から抜け出せなくなったことにより苦労した時期があると明かした。ドラッグで命を失いそうになったとき、自分のキャリアを作り直すことに集中すると誓った彼は、自分を騙してきた人たちにエネルギーを注ぐのではなく、自分たちが作り上げた「文化」を世界に伝えることにエネルギーを注いだのだ。彼はグレッグという友人の助けを得て、早い段階からインターネットに情報をアップし始めたと語っている。

「グレッグは白人で、面白い仕事をやっている人だった。あいつは、“世間では誰が本当のグランドマスターか?という混乱が起こっているが、あなたに新しいものを紹介したい。でもそれは、自分の考えを人々に伝えることが重要になってくる。自分の日常生活を報告することなるかもしれない”と私に言ってきた。プライバシーを重要視している私は、彼に“そんなのクソ喰らえだ”って返答した。

しかし彼はしつこく私に“ウェブサイトを作って発信すれば、他のパイオニアたちとの違いも伝えることができるんだ”と伝えてきた。今では彼が歩いた道にキスをしたいぐらい感謝しているよ。

このように協力してくれた人たちは、私が立ちあがる方法を試行錯誤してくれたんだ。自分がそう思っていなかったとしても、自分を認めてくれる人はいる。インターネットという“マシーン”に餌を与え続ける必要があるんだ。自分がやったことを言語化して、アウトプットすることが重要だ。

時代についていき、人々の視界に入る責任がある。それは、あなたが音楽業界にいたとしても、エンジニアリングであったとしても、製薬業界にいたとしても、何をやっていたとしてもそうだ。この世界は人と人のビジネスだからね」

彼は当初新しい技術を拒否していたが、グレッグの助けを得てインターネットに情報をアップしていったことがきっかけで、世間からパイオニアとしてのリスペクトを再び得ることになったと明かした。彼は歴史を作ってきたパイオニアとして、人々の視界に自分から入り、自分から発信しないといけないと教えてくれている。

グランドマスター・フラッシュの復活から学べるのは、パイオニアやベテランたちだけではない。自分が「世間から必要とされていない」と思ってしまうこともあるかもしれないが、言語化をし発信していくことにより、協力してくれる人たちが徐々に増え、自分の持つ“ストーリー”を知ってもらうことができるのだ。その自分のストーリーを伝えることが、まさに「ヒップホップ」だと言えるだろう。

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グランドマスター・フラッシュ

アーティスト情報

1970年代、ブロンクスで活躍していたDJ クール・ハーク[1]からDJを学び、1970年代後半からDJ活動を始める。アフリカ・バンバータ、クール・ハークと並び、オールド・スクール期の最も重要なDJである。

その後、グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴ (Grandmaster Flash and the Furious Five)を結成し、1979年にエンジョイ・レコードから「Superrappin'」をリリース。その後シュガーヒル・レコードに移籍し、「ザ・メッセージ」など、数々のラップ・レコードを生み出す。「ザ・メッセージ」は若者のゲットー生活の苦しさをラップし、当時のニューヨークとその周辺だけで約50万枚売れたとも言われている曲でヒップホップの歴史を語る上で重要な作品として現在でも評価されている。同時期にシュガーヒル・レーベルに所属していたラップ・ミュージシャンとしては、トリーチャラス・スリー、ファンキーフォー+1、ウエスト・ストリート・モブ、スプーニー・ジー、シークエンスらがいた。また、現在、数多くのDJたちにとって欠かせない技術であるスクラッチを広めた人物でもある。しばしば誤解されるが、スクラッチを発明したのはターンテーブルで遊んでいた、彼の親戚のグランドウィザード・セオドアであると言われている。

(引用)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5

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