ミュージカル愛が詰まった完全新作公演の見どころを解説
日本ミュージカルの「未来」がここにある、新藤晴一プロデュース『ヴァグラント』開幕
2023.08.21 17:00
2023.08.21 17:00
a new musical『ヴァグラント』が、2023年8月19日より明治座で開幕。前日にはそれにさきがけ、記者会見と公開ゲネプロが行われた。今作はポルノグラフィティのギタリスト・新藤晴一が初めてプロデュースするオリジナルミュージカル。プロデュース・原案・作詞・作曲を新藤が、脚本・演出を板垣恭一が担当している。
本作の舞台となるのは約100年前、大正時代の日本。佐之助(平間壮一/廣野凌大)と姉貴分の桃風(美弥るりか)は、祝いの場や不吉なことが起きた場所で歌や踊りを披露する〝マレビト〟と呼ばれる芸能の民。物語は、2人が招かれた三ツ葉炭鉱の新社長就任式の場面から始まる。新社長の正則(水田航生)、坑夫の譲治(上口耕平)、トキ子(小南満佑子/山口乃々華)ら幼馴染3人と出会い彼らに興味を持った左之助は、マレビトの掟を破り彼ら“ヒト”である彼らに近づいていく。
幼馴染3人たちは三ツ葉炭鉱があるこの“ヤマ”を守ると幼い頃に誓ったものの、今ではそれぞれの立場から苦しんでいた。先代から引き継いだ会社を立て直そうと必死なものの名ばかりの「社長」であることに悩む正則、過酷な労働環境をどうにか改善しようと正則と対立する譲治、女性ながら取締隊として炭鉱の治安維持につとめながら、10年前に両親を殺した犯人を追い続けるトキ子。正則と異母姉弟である酒場ル・ラパンのママ、アケミ(玉置成実)や店に出入りしては金を無心する健三郎(平岡祐太)ら周辺の人々にもそれぞれの思惑や秘密がある中、人々の不満を抱え込んだ“ヤマ”は大きな局面を迎え……というストーリーだ。
記者会見で板垣恭一が語った「日本のミュージカルの未来が気になっている人はぜひ観に来て欲しい。こういう風に日本のミュージカルを作れるんだという、一つの実例ができたんじゃないかと思っている」という言葉が、本番の舞台を観て腑に落ちる。宣伝ビジュアル等からファンタジックなイメージを勝手に持っていたが、観て驚いたのは、思った以上の“骨太さ”だ。
まずはその「構造」。今回は完全オリジナル脚本・音楽の新作作品ということもあり、新藤晴一が手掛ける楽曲はもちろん大きな見どころの一つ。生演奏のバンドサウンドで繰り広げられるこれらナンバーは、ときにラップやラテン、EDM系など幅広い音楽ジャンルを取り入れながら、どれもセリフとメロディーがすんなり染み込んでくる良曲ばかり。ギタリスト・作曲家としてはもちろん、ポルノグラフィティ楽曲で作詞を数多手掛け、作詞家としても定評がある新藤ならではのナンバーだと言えるだろう。
しかし、それでいて驚くほど「ミュージカル」なのがこの作品の最大の特徴。新藤のギターソロが鳴り響くオーバーチュアから始まり、1幕の終わりでは登場人物たちがそれぞれのナンバーをリプライズで歌い、それがシンフォニーとなっていくという構造は、いわゆる「本格ミュージカル」でおなじみの形式。もちろん新作だから、古典的な形式にこだわる必要はないはず。それでもあえてこういう形式を取ったところに、「本格的なミュージカルを作る」という創り手たちの強い気概を感じる。
そしてもう1つ驚いたのは、その内容だ。「放浪する、さまよう」という意味の「ヴァグラント(vagrant)」というタイトルからも連想されるように、主人公は“マレビト”である佐之助なのだが、物語がメインに描き出すのは“ヤマ”の人々の人間模様だ。経営者に搾取され、危険で過酷な労働環境から抜け出せず、貧困が子へと続いていく連鎖。それを断ち切ろうともがき、やがては自分たちの足で立ち上がっていく人々の姿はなんとも生々しく、そして力強い。そもそも、『レ・ミゼラブル』や『1789 〜バスティーユの恋人たち〜』という有名作品を例に出すまでもなく。ミュージカル作品は「革命」と相性がいいもの。そういった作品を連想させつつも、“日本”の物語として成立している。日本で生まれた本格ミュージカルとしては、かつてなかったタイプの作品かもしれない。
若手中心ながら、この世界観と楽曲をしっかり表現する実力派が揃ったキャスト陣にも注目だ。公開ゲネプロで佐之助を演じた平間は、圧倒的な身体能力と表現力で“マレビト”としての存在感と説得力を持つ。しなやかで繊細な印象の美弥演じる桃風とのコンビネーションも面白い。理想と現実の間に苦悩する若社長役の水田、環境を変えようと熱い志を持つ譲治役の2人はそれぞれはまり役で、トキ子と3人のバランスがキャストによってどう変化するのかを期待したい。Wキャストでトキ子を演じた小南は定評のある歌唱力はもちろん、役柄の持つ芯の強さと本人のイメージが合っていた印象。佐之助役が廣野、トキ子役が山口になったときの化学反応も楽しみなところだ。
記者会見で平間から「この公演期間しか『ヴァグラント』をやれないことがすでに寂しい。板さん(板垣)が稽古中におふざけで『ヴァグラント2』がもしできたらマレビトの話を濃くやろうか、と言ったりしたこともあったんですけど、そうやって続いていけるように、精一杯頑張っていきたい」という言葉が出たが、この作品の再演はもちろん、『ヴァグラント2』が観たいと思う人も多いのでは……? そう思わせてくれる新作オリジナルミュージカルの誕生。今後の展開も含め、いろいろな面でワクワクさせてくれる作品であることは間違いない。