2022.11.10 19:00
普段の日常も切り取り方次第でドラマティックになる
──ここまでアルバムを2枚出してきていて。ファーストの『MATOUSIC』のときはまさにコロナになる直前でしたよね。
めっちゃ直前でした。
──で、今年リリースされた『TICKETS』はコロナ真っ只中で作られた作品で。だから、別にそれを直接描いてるわけじゃないけど、すごく時代性の違いが出ている感じがしますよね。
そうですね。『TICKETS』っていうアルバムも、曲自体もほとんどコロナ禍で書いていた曲ですし、アルバムのコンセプトもその中で思いついたんですよね。できた曲を並べたときに「この曲がどうみんなに届いてほしいかな」って考えたんですけど、ちょうどその頃に旅をテーマにプレイリストを作るってことがあったんですよね。自分が旅先で聴いていた曲を入れたり、この曲を聴くとここに行った気分になるっていう曲を入れたりして。そのプレイリストを自分で聴いていたときに、お家で座ってパソコンに向かってただ聴いているだけなのに、なんか目をつぶると全然違うどこかに行った気分になるなって思って。たとえばビートルズを聴くと、私は行ったこともないけどイギリスの景色が浮かんでくるとか、くるりの曲を聴くと大好きな地元・京都の景色が鮮明に浮かんできたりとか。曲を聴くだけで自由に旅ができるんだって、知ってはいたけど改めて感じたんです。だったら自分の曲も、こういう状況でなかなか外に出れないからこそ、それを聴くことでみんなの好きな場所に旅をしてもらえたらいいなって。だからこの時期がなかったらたぶん『TICKETS』というタイトルは生まれてこなかったなって思います。今はだいぶ旅もできるようになったので、今度はじゃあこの曲と一緒に実際に旅に出かけてほしいなとも思うし。
──うん。しかもそのコンセプトって、その時期のリアルというのも反映しているけど、それ以上に音楽そのものの力、機能じゃないですか。そういったものに改めて気づいた瞬間だったんだろうなと思って。
はい。
──だから、そこで感じたもの、『TICKETS』を作ろうと思ったときのモチベーションはコロナ禍が終わっても変わらないんだろうなって思うんです。
そうですね。変わらないし、そうやって物理的に会えない時期があったからこそ、ストレートなメッセージを届けたり、もっと強いメロディが必要だったりするのかもっていう気づきもあって。だからどんどんベクトルが外に向くようになったなっていうのは思っていますね。
──アルバム以降も「泡沫SUMMER」から始まって曲をどんどん出してきていますけど、そこはどんなモードで向かっていっているんですか?
「泡沫〜」も今回の3ヵ月連続配信リリースの作品も、それぞれ繋がりがあるわけではないんですけど、ひとつテーマとして考えていたのは、すごく些細なワンシーンをどれだけ大げさに、丁寧に描けるかということで。「泡沫〜」もなんてことはない、ただお風呂上りにベランダで涼んでいるときに考えたことをどれだけ膨らませられるかという曲だし、「あいたいわ」も電話をするかしないかで悩んでいる女の子のワンシーンをどれだけ壮大に描けるかっていう曲だし。私の作っている曲って基本的に自分の日常のなんてことない経験をもとに書いてるんですけど、普段の日常にドラマみたいなことなんて起きないし、別に映画みたいに劇的なことも起きないじゃないですか。でもそれも切り取り方次第ではすごくドラマティックになる。今年リリースしている配信の4曲に関しては特にそういうことを大切に考えて作ってきました。
──「あいたいわ」で歌っているシーンなんて、実際に映像にしたら数十秒とか数分のことですもんね。
そう。そういう大したことないことを大したことあるように書くってすごくおもしろいなと思って。すごく私も楽しみながら書きましたね、この曲は。
──だから日常の風景の1コマを切り取って歌うという意味では今までと変わらないのかもしれないですけど、その解像度がすごく上がった感じがします。
うん、それはありますね。自分がそのデビューしたときから考えるとその解像度がすごく上がったなと思う。自分の経験をベースにしてるからこそ、自分主観にならないように、必ず歌詞を書く前に1個ショートストーリーみたいなのを書くんです。
──へえ!
別の主人公を立ててお話にすることで、私の話だけど私の話じゃないみたいな感じになって、すごく客観的に見ることができるんです。最初からそういう作り方をしてたんですけど、わりとこの1年ぐらい、自分とその話の距離がもっと出るようになった、より冷静に見られるようになったなっていうのがあって。そのシーンをいろいろな角度から見ることができるようになったと思います。
──それも『TICKETS』以降という感じがするんです。実際にどこか行くという旅もあるけど、気持ちの旅というのもあるじゃないですか。日常も見方を変えれば全然違うように見えたりするし。「そういう旅もあるでしょ?」って言われている感じがする。
そうです。なんか私自身すごく幸せのハードルが低くて、何かちょっとでもいいことがあったら「今日はいい日だったな」って思えるんです。信号に1個も引っかからなかっただけで気分がいいし、電子レンジと湯沸しポットが同時に鳴ったらラッキーだってすごく思うし(笑)。私がそういうタイプの人間なんで、「今日いいことなかったな」って言ってる人も視点を変えることで「じつはいいことあったよ」みたいな、そういうひとつの気づきになったら嬉しいなと思いますね。
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