2022.09.18 12:00
2022.09.18 12:00
関根勤が偏愛するマニアックな映画な語る連載「関根勤のマニアック映画でモヤモヤをぶっ飛ばせ!」。第5回目は1962年に公開された映画『切腹』。
舞台は1630年。幕閣の中枢として活躍を認められていた井伊家の江戸屋敷門前に、老いた浪人(仲代達矢)が突然訪ねてくる。生活苦の末、生き恥を晒していくのも何なので、武士らしく切腹して死のうと思うから、その場所にお宅の庭先を貸してくれ、という要件だった。これを聞いて不審に思った家老の斎藤勘解由(三國連太郎)は彼を家にあげ、つい先日全く同じことを訪ねてきて切腹をした若い浪人の話を聞かせる……。
滝口康彦の小説『異聞浪人記』(1958年)を原作に、小林正樹監督が撮った本作は海外からも高く評価され、第16回カンヌ国際映画祭では審査員特別賞を受賞した。仲代達矢、三國連太郎、丹波哲郎と当時を代表する3人の名優が出演する本作の魅力を語ってもらった。
第5回『切腹』
一言で言うと、すごい映画ですよ。僕もね、邦画は黒澤明さんの映画が最高峰だと思っていました。そしたら知り合いがみんな「『切腹』いいよ」って言うんです。ただ、『切腹』というタイトルから、いろんな話があったのちに最終的に主人公が切腹する悲しい話だという印象を受けていたんです。だから、あまり観ることに対して乗り気になれなかった。
ところが、あるとき仕事で観る機会があって、主演の仲代達矢さんは好きだから観てみることにしたんです。そしたら、橋本忍さんの脚本の凄さに慄いた。それに、三國連太郎さんに丹波哲郎さん、仲代達矢さんが揃って出演するというオールスターっぷりに、もう、痺れちゃって!
物語はね、天下泰平になったこと侍が溢れてしまうんですよ。ちょうど時代が変わる時です。そういう時に生まれる世の中の歪みというか、必ずそのタイミングに犠牲になる人たちっていうのがいるわけですよね。それが、本作では侍だったわけです。これまでは彼らの天下だったにもかかわらず、そんな侍がいかにして苦汁をなめたのか。それを描いた見事な作品です。僕、仲代達矢さんの年齢を調べたら、出演当時29歳だったことに驚いて。だって、43歳くらいに見えるんですよ。彼がもう、とにかく本作で素晴らしい。彼の演技に、ゾゾゾッと鳥肌が立つんです。彼は顔と声の覇気がとても良い。あれで29歳とかあり得ないですが、戦争を体験していると子供っぽくいられないというか、早く社会貢献したいしせざるを得ない環境だったからか……あの頃の役者さんは、面構えがやはり違いますね。
彼が演じた老人、津雲半四郎が悲しみの中、ある計画を立てる。本作のどんでん返しは、今まで観た映画の中でもすごかったですね。
これは仲代達矢さんのインタビュー記事を読んで知りましたが、彼は三船敏郎さん、三國連太郎さん、丹波哲郎さんら先輩たちに追いつこう、とにかく素晴らしい先輩方に追いつこうと頑張ってきたけど、とうとう追い越せなかったと語っているんです。なかでも、仲代さんが一番面白くて好きだった先輩が丹波哲郎さんだったみたいで。彼ってやはり本当に面白かったらしいんですよ。武道を経験しているから、鍛えているし、決闘シーンの迫力も桁違いになった。
三國連太郎さんは三國さんで、「仲代、俺も考えてきた。稽古しよう。みんな、出てってくれ」って監督とスタッフをその場から退場させて、二人で向かい合って座るシーンを稽古していたらしいです。仲代さんは彼を「すごい先輩だ」って言ってね。三船さんに関しては、もうそこにいるだけで「あっ、スターがいる!」って感じ。撮影中、憧れの目でずっと見ていたって言うんですよ。あの三人は本当にすごかった。特に、三國さんがああいう嫌な役をやるとダントツでね。彼の演じる斎藤勘解由が嫌な奴すぎて、「最後に死なねえかな」って思いましたよ(笑)とはいえ、彼の立場の主張もわからなくもない。インチキな侍がお金目当てで「切腹したい」と言ってくるようになれば、一人を見逃したら同じような輩にたかられることになりますからね。なかなか難しい。そして最終的には「結局、権威とは何か」ということを問題提起した、あのストーリーはすごかったな。まあ、原作(『異聞浪人記』)がすごかったですからね。
武士の道で居続けることを選んだ浪人が「俺がこんなこと(武士道)にプライドを持っていたばかりに」「俺がこんなもの(刀)にこだわっていたばかりに」と嘆くシーンの物悲しさときたら。権力者が隠蔽をする、という展開も現代に通じるものがありますよね。今も社会が歪んだ時にああいう犠牲者が出るじゃないですか。
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