ヒップホップで社会を生き抜く! 第6回
DJキャレドが一流のプロジェクトマネージャーである理由とは?ジェイ・Zの関係から考えるプロデューサー論
2022.09.18 17:00
DJキャレド『God Did』
2022.09.18 17:00
音楽プロデューサーという職業を聞くと、誰を思い浮かべるだろうか?世の中にはマイケル・ジャクソンの『Thriller』や『Bad』などの名盤をプロデュースした大御所プロデューサー、クインシー・ジョーンズなどを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、ヒップホップにおけるプロデューサーというと、ビートを制作した人物のことを指すことが多く、実際に多くのトラックメーカーがプロデューサーという肩書きを名乗っている。
本来であれば、プロデューサーという役割の仕事は幅広い。プロジェクトの責任者として、そのプロジェクトが成功するように管理をする立場の人を指す。ヒップホップにおいてはビートメーカーという認識の人は多いが、そんなヒップホップにおいて、本来の意味で「プロデューサー」をしている人がDJキャレドである。
実際にヒップホップファンの間では、「DJキャレドって何をしている人なの?」と思っている人も多く、そのようなコメントも頻繁に見る。しかし彼が人気ラッパーを集めて「DJキャレド!」と叫んでいるだけだと思ったら大違いである。彼はビートを自分で作っていないプロデューサーであるが、プロジェクトを実現させる責任者、そしてマーケターとして一流なのだ。今回の「ヒップホップで社会を生き抜く!」ては、DJキャレドの「プロデューサー」としての手腕を紹介したい。
8月26日に13枚目のアルバム『God Did』をリリースし、Billboard 200で1位を獲得したDJキャレド。彼は今作でもドレイク、リル・ウェイン、カニエ・ウェスト、エミネム、ジェイ・Z、フューチャーなどのビッグネームをリクルートしており、大御所アーティストとコラボする秘訣について、「実際に音楽を作ることよりも、人間関係を重要視する。音楽は祝いだから、全員が納得して幸せな状態であることを大切にしている」とGQにて語っている。
DJキャレドのスキルの、非常にポジティブなパーソナリティと図々しさである。彼のポジティブさが話題を呼び、まるで「歩く自己啓発セミナー」のようなキャラクターになっているが、関係者を巻き込むスキルに長けている。特にアルバム『Grateful』の制作エピソードからは、彼の責任者としてのスキルが伝わってくる。
ジェイ・Zとビヨンセとのエピソード
『Grateful』には、ヒップホップ業界の最大御所とも言える夫婦、ジェイ・Zとビヨンセが参加した「Shining」が収録されている。DJキャレドは、ラジオ番組『Hot 97』にて、この2人が参加した経緯を語っている。元々ジェイ・Zと別件の仕事でミーティングをしていたDJキャレドは、ジェイ・Zに「Shining」のビートを聞かせたところ、ジェイ・Zが曲を気に入ったと語っている。そこで図々しいDJキャレドは、「ビヨンセにもこのビートを聞かせてほしいんだけど……」と頼んだのである。それを受け、ジェイ・Zは「それは頼みすぎだろ……」と渋い顔をしたらしく、DJキャレドは落ち込んだようだ。しかし後日、ジェイ・Zのレーベル〈ロック・ネイション〉のパーティーで、ビヨンセが「あのビート良かったよ!」とDJキャレドに声をかけてきたのである。そのビヨンセの後ろには、ポケットに手を突っ込んで頷いているジェイ・Zが立っていたと、DJキャレドは明かしている。
別件の仕事にも関わらず、「The Shining」のビートをジェイ・Zに聞かせ、さらには「ビヨンセに聴かせてほしい」と頼んだDJキャレド。ジェイ・Zに少し複雑な顔されつつも、DJキャレドが普段から愛を広め、人間関係を最重要視しているからこそ、ジェイ・Zは彼のために動いてくれたのだろう。
また、DJキャレドはプロデューサーとして、絶対にやり遂げるバイタリティをもっている。ビヨンセからお墨付きをいただいた「Shining」のビートであったが、さすがのDJキャレドも、ジェイ・Zとビヨンセレベルのアーティストに正式にヴァースを頼む勇気がなかったようだ。しばらくして、2017年グラミー賞の前日にジェイ・Zから電話があり、「あの曲レコーディングしたから明日のグラミーの直後に公開しよう」と言われたのである。DJキャレドは「え?ミックスもしないといけないし、サンプルの権利もクリアしないといけないし、週末だし、明日までは無理だよ」と返答したが、ジェイ・Zは「え?やれるでしょ」という反応であったようだ。
DJキャレドはグラミー前日の週末に、1日で「Shining」のアレンジ/ミックス/マスタリング/サンプルのクリアをやり遂げ、グラミーのバックステージにてジェイ・Zとビヨンセにミックスの最終確認をしていたようだ。彼は式に出席していたにも関わらず、内心はドキドキだったと語っている。実際にグラミー賞直後に「The Shining」を公開している。もちろんジェイ・Zが上司であったとしたら、パワハラになってしまうが、DJキャレドはジェイ・Zというあまりにも大きな存在のフィーチャーをゲットするために、彼の要望を全力で叶えたのだ。
実際に彼の努力が実を結び、アルバム『Grateful』だけではなく、ニュー・アルバム『God Did』にもジェイ・Zは参加しており、タイトルトラック「God Did」にて2022年のベストヴァース候補に入るであろうヴァースを披露している。
彼はミュージシャン的な動きというより、このようにプロデューサー、そしてプロジェクトマネージャーとして作品を実現させるための働きをしていることが伝わる。彼はバードマンに騙され、悪い契約を掴まされたにも関わらず、バードマンに対しても常に感謝を述べている。レコード契約の問題でバードマンと仲違いするアーティストが多いなか、DJキャレドは関係を良好に保ち、実際にバードマンのレーベル〈Cash Money Records〉に所属するアーティストたちとも頻繁にコラボをし続けている。
ヒップホップファンの間では、「DJキャレドは何もしていない」という風潮があるが、実際に彼が中心人物として動いているからこそ、ここまで多くのビッグアーティストが集まっていると言えるだろう。