《関係項―アーチ》2014/2022 作家蔵
2022.09.11 13:00
現場に立つことではじめて感じることができる、身体的バイブレーション
2014年にフランスのヴェルサイユ宮殿で開催された個展では、ステンレスの巨大なアーチを2つの石が両脇で支えているような野外彫刻が設置され注目を浴びた。国立新美術館の野外展示場でもこのアーチ状の野外彫刻の新作を展示。くぐり抜けることで起こる身体感覚の変化を味わえる。
絵画作品の変遷
1970年初頭から、李は行為の痕跡によって時間の経過を示す〈点より〉と〈線より〉のシリーズを描き始める。筆につけた絵の具が掠れるまで、一定のリズムで筆をずらしていく行為を繰り返す。このシステマティックなシリーズは、10年ほど続けられた。
1980年代の終わり頃からは、ストロークの数はかなり少なくなり、ほんのわずかな筆跡だけがカンヴァスに描かれるようになる。すると、画面は次第に何も描かれていない空白が目立つようになる。その描かぬ空間にも李は絵画性を見出したのだ。
近年はわずかな手がかりだけを作り、その周辺にある、手を入れていないさまざまなものが響きあい、ひとつの世界を形成するよう作品を制作しているという李。描かれているものだけでなく、余白から感じる何かに注目して見るのもいいだろう。
全体を通して「もの」と「もの」、「もの」と「人」との関係を問いかける内容となっている本展覧会。作品を見る上で大切にすべき視点について、李はインタビューでこのように語る。
「彫刻にしろ、絵画にしろ、知的な概念でもって認識に迫るのではなく、その現場に立って見る側の感覚というか、呼吸というか、身体的なバイブレーションの中でいろんなものが響いてくるかどうかということが最も重要です」
「見る人が日常性からちょっとずれて、新鮮さや妙など、普段感じられないことを感じられる時間になったら。もちろん考えることも大事。認識を深めたりすることは意義のあること。ただ、それ以前に自分が身体を持った存在であること、その中で呼吸をし、そこの空気や空間の中で生きていることで、自分の目や呼吸がどういう現象を起こすのか。そこでちょっとした彫刻や絵画なり、見慣れないけれど拒否反応を起こさずに響き合うようなものを感じたり、経験したりして、後で『あれはなんだったんだろうか』と考えてくれたら」
李禹煥は、その展示空間に自分が身を置くからこそ感じ取り、得られるものが多いことを作品で体現している。気に入った作品があったら、ぜひその空間でゆっくり見つめて、自分の中の微かな変化に耳を澄ませてみてほしい。展覧会を見終わる頃には、いつもよりも自分の感覚や思考が研ぎ澄まされていることを感じるはずだ。