2022.07.04 00:00
子供の頃から映画が好きだったという、関根勤。彼が幼少期から映画館に通い詰め、観てきた膨大な作品の中でマニアックな部類にあたるお気に入り作品を紹介する連載がスタート。第1回はそのイントロダクションとして、自身と映画との出会いから、マニアック作品の魅力、批評のスタンスを語ってもらった。
映画との出会い
僕が生まれた昭和28年って、テレビ放送が始まった年なんですよ。当時はテレビが高級品で、6歳くらいの時にうちも買って『ALWAYS 三丁目の夕日』みたいに皆で見ていた。その前の一番の娯楽が、映画でした。当時は二番館、三番館とあって映画がどんどん観やすくなって、安い値段で3本立てでね。うちのお袋が萬屋錦之介さんや大川橋蔵さんの時代劇が大好きで、小さい僕を背負って映画館に行くわけですよ。僕は彼女の背中から『大菩薩峠』や『新吾十番勝負』など大映や東映の作品を観ていた。僕の一番上の兄貴は日活のファンで石原裕次郎さんや宍戸錠さんの映画を観に行っていました。僕は当時から本流よりも亜流が好きで、石原さんより宍戸さんの方が好きだったりして。兄貴に『座頭市物語』を観に連れて行ってもらいましたが、僕その時まだ小さいから良さがわからないんですよ。ただ、併映されていた『大魔神』、これが良くて。とにかく怖かったし、ビックリした。
あの辺の特撮は凄かったですね。僕は『ゴジラ』のシリーズも大好きだったし、中学でお笑いに目覚めてクレイジーキャッツの映画も観ていたし、東宝作品が結構好きでしたね。あの頃はね、本当に煌びやかな時代だったんですよ。映画が“最高のディナー”みたいな。自然と映画の世界にのめり込んでいました。
その後はクリント・イーストウッドやブルース・リーが流行り始めて、痺れましたね。僕が20歳過ぎた頃の『燃えよドラゴン』で映画愛が爆発して、どんどん調べて映画館に足を運ぶようになりました。東映や日活の全盛期も知っていますからね。あの頃は映画館に入るまで50人くらいの列が駅まで続いていたんですよ。立ち見もガンガンで、消防法は緩いから、館内はギッチギチ。『燃えよドラゴン』も立ち見でした。有楽町の東宝に観に行ったら、シアターが満杯でドアが軽く開いていて、そこから滑り込んで中に入ったりしましたね。僕、『燃えよドラゴン』は映画館で33回見ました。1日3回観ていた時もあります。人生で一番観た映画ですね。英語のセリフも覚えちゃいました。
マニアック映画の魅力
やっぱり人と違う、王道じゃないのが好きなんですよ、芸風と同じで。だからそういう意味でこれから皆さんが聞いたこともないような掘り出し物を提供したい。映画は長く観てきたので“骨董屋さん”みたいな感じでお伝えし、共有できればなと。そうすると、また違う映画の見方ができるんじゃないかなって思います。
マニアックな映画の良いところは、我々を楽しませようとするスタンスです。あとは、こだわっていますよね。例えばクエンティン・タランティーノ監督は、とにかく自分の世界を見せて、「お好きならどうぞ」って強気なんですよ。あれがいいですよね。僕はタランティーノとはバッチリ気が合っていると思っています。劇中に使うSANTA ESMERALDAの「悲しき願い(Don’t Let Me Be Misunderstood)」や、千葉真一さんのことがお好きなところとか。彼のテイストは僕も大好きで、全作観ています。
他にはロバート・ロドリゲスが好き。もう最高ですね。それからサム・ライミも大好き!僕、ライミに会ったことがありましてね。本当に面白い人で、ジョークがすごいんですよ。「君に貸した五百円、早く返してよ」って言ってくるんです。「んなわけないでしょ! え、貸してもらいましたっけ!?」って言ったら、「いや、貸しただろう」と言い返してきてね。彼は最高ですよ!
タランティーノとロドリゲスといえば『フロム・ダスク・ティル・ドーン』。僕ね、初めて俳優ジョージ・クルーニーを見たのが、あの映画でした。ずっと観ながら「かっこいい……」って思って。『荒野の用心棒』のクリント・イーストウッドを観たとき以来の、同性に対する痺れ方でした。あの映画、頭おかしいですよね。後半、まるで話が違う。でもあれが良いと僕は思っています。
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