岩代太郎の音楽×首藤康之演出によるこの作品だけの個性とは
三宅健と馬場ふみかが“現在進行”の世界に祈りを捧ぐ 奏劇vol.4『ミュージック・ダイアリー』開幕
2025.06.22 15:00
2025.06.22 15:00
“寓話”だからこそ一人一人に届くメッセージ
この『ミュージック・ダイアリー』の演出は、バレエダンサーであり、近年はストレートプレイや映像作品への出演も数多い首藤康之だ。彼がバレエ作品以外の演出を手掛けたのは今作が初めてだというが、バレエからコンテンポラリーまでさまざまな作品で活躍する、彼ならではの演出といえるだろう。今作について首藤は「初めてバレエ以外の演出を手がけましたが、とても刺激的な日々でした。別の頭蓋骨が開いた感じです。バレエと決定的に違うのは、言葉があることです。幻想的なイメージで見るバレエとは違い、日常的な言葉がお芝居にはある。日常的なことをそのまま舞台で見せても、それは面白くないので、その見せ方の工夫に意識を持ち続けました」とコメント。朗読劇でありながら身体表現に長けた首藤が演出した面白さが、この作品ならではの個性になっている。

そして、今作の主演が三宅健であることと、この演出が見事にマッチしている。本格的に踊るわけではなく、ほんの少し腕や上半身を使った動きだったり、舞台上を移動する動きではあるのだが、その動きの美しく見事なこと! ずっと踊り、表現をしてきた人だということが瞬時にわかるその動きが、ミカエルという役の天才性に説得力を持たせる。また、馬場ふみかもバレエ経験者とのことで、背筋がのびた立ち姿としなやかな身体の動きがなんとも美しい。

若い2人の悲恋を講談師が“語る”というスタイルも面白い。芝居のトーンとテンポをコントロールしていくベテラン・西村まさ彦はさすがの貫禄。ストーリー自体は非常に重いものだけに、芝居がかった調子で2人のことを語ってくれる語りがいるからこそ、フィクションとして受け止めるためのクッションになるという役割もあるだろう。ただ、わざわざここに講談師という日本人であることを強調する存在を入れることで、異国の物語でありながらも、私達の生きている現実と地続きであるということを忘れさせない存在にもなっている。

今作について、スタッフ・キャストはこういったコメントを出している。
「この物語を通じて伝えたいのは、『愛することは、憎しみよりもはるかに力強い』という真理です。対立のただ中にある二人が惹かれ合う姿は、今なお争いの絶えない世界に対し、静かで力強い問いかけとなる。人を愛するという最も根源的な行為こそが、分断を超える鍵であると、私は信じています」(三宅健)
「この『ミュージック・ダイアリー』は、やはり、平和への祈りが大きなメッセージになっていると思います。会いたい人に会えて、すぐに連絡が取れる今の日常が当たり前ではないことを私もこの作品を通して改めて感じました」(馬場ふみか)
「第4弾となる今回の『奏劇』は、ウクライナとロシアの戦争が始まった頃、世界平和を祈って企画が始まった。あれから3年、思いとは反比例して世界には戦禍が広がり、残念な、意味で身近になってしまった。平和を願う思いを持ち続けたい、それが中核をなすメッセージです」(岩代太郎)
そう、この作品が全体を通して強烈に訴えかけているのは「平和へのメッセージ」だ。登場人物たち、ミカエルとローラの国は、具体的にはどことは示されていない。だから“寓話”だとはわかっているが、それだけに彼らのような恋人たちが実際に今、現在進行系で世界中に生まれているということは、想像に難くないのだ。もちろん恋人だけでなく、親子や友人、親戚関係でも……さまざまな分断と“別れ”が、世界中で起きている。

日本にいるとピンとこないかもしれないが、世界を舞台に音楽やダンスなどの創作活動を続けているアーティストにとっては、この「一緒にものづくりをしている仲間が、ある日突然“敵”となる」というのは非常にリアルな出来事だ。そういった現在の状況のへの慟哭が、舞台の上から聴こえてくるような作品となっている。観終わったあとに感じるのは、作品全体に込められた“祈り”のようなもの。美しい音楽の調べとともに、それらが強烈に印象に残る作品だ。