再再演を迎えた名作を今の時代だからこそ観るべき理由とは
MLBのロッカールームが象徴する、現在進行形の複雑な“世界” 舞台『Take Me Out』開幕
2025.05.20 17:30
2025.05.20 17:30
「その時代に上演される意味」を持つ作品というのがあるとしたら、まさに今作と言えるだろう。舞台『Take Me Out』が、2025年5月17日より開幕。それに先立ち、5月16日に記者会見と「レジェンドチーム」の公開ゲネプロが行われた。
メジャーリーグを舞台に、その華やかな選手たちの関係を捉えながら、そこに渦巻く閉鎖性によって浮彫りになる様々な実情にスポットを当てた『Take Me Out』。2016年、2018年と上演され、今回は7年の時を経ての再再演だ。しかも再演のオリジナルメンバーに新メンバーを加えた「レジェンドチーム」と、完全オーディションで選び抜かれた「ルーキーチーム」の2チーム体制での上演という形態。先にレジェンドチームがスタートし、5月23日(金)からルーキーチームが開幕という形での上演となる。

黒人の母と白人の父を持つメジャーリーグのスター選手、ダレン・レミング(章平)は、敵チームにいる親友デイビー・バトル(辛源)の言葉に感化され、ある日突然「ゲイ」であることを告白。それは、150年に及ぶメジャーリーグの歴史を塗り替えるスキャンダルであった。
ダレンのカミングアウトに対し、チームメイトのキッピー(三浦涼介)をはじめ、キャッチャーのジェイソン(小柳心)やダレンの理解者である会計士のメイソン(玉置玲央)、監督のスキッパー(田中茂弘)らは好意的であった。しかし、セカンドのトッディ(渡辺大)や、ドミニカ人選手のマルティネス(陳内将)とロドリゲス(加藤良輔)らは怪訝な態度を示す。一方、日本人選手のタケシ・カワバタ(原嘉孝)は何も語らない。

また、ダレンのカミングアウトは本人も予想もしない方向にも波紋が広がる。反発するファン、ダレンのCMを放映中止にするスポンサー、「勇気をもらった」と称賛する人……そういう周囲の反応に苛立ちを隠せないダレン。所属する「エンパイアーズ」内には軋轢が生じ、次第にチームは負けが込んでいく。
そんなとき、天才的だがどこか影のある投手、シェーン・マンギット(玲央バルトナー)が加入。圧倒的な強さを誇る彼の魔球は、暗雲立ち込めるエンパイアーズに希望の光をもたらしたのだが、チームメイトとの関係性は芳しくない。そんな中、シェーンがインタビューで語ったある言葉が、ダレンを、チームを大きく揺るがす……。

観終わって、ため息をつく。これぞ、演劇……そんな言葉が頭をよぎる。この『Take Me Out』がオフ・ブロードウェイで初演されたのは2002年。2003年にはアメリカの演劇界で最も権威ある賞でもあるトニー賞の演劇作品賞を受賞し、2022年には同じくトニー賞で再演作に送られる「演劇リバイバル作品賞」を受賞している。それも納得がいく、圧巻の作品だ。
メジャーリーグのチームという、華やかながらも閉鎖的な世界。そこで行われた1つのカミングアウトが波紋をもたらす……シンプルにストーリーラインを説明すればこうなるが、舞台上で起こっていることはとても複雑だ。登場人物たちの間には「差別する/される」「加害者/被害者」という非対称性が発生するが、この立場はわかりやすく固定されることはない。関係性やシチュエーション、相手によってこれらが瞬時に入れ替わっていき、「この人はこうなんだな」と観客にわかりやすくポジションとキャラクターを理解させることがまずないのだ。

たとえばダレンはカミングアウトによって「ゲイ」というマイノリティ性を帯びることになるが、そもそもは黒人と白人のハーフで、富裕層の生まれ育ちで、メジャーリーグのスターという“人種的なマイノリティ性ももちながらも社会的な勝ち組”という立場だ。自分のカミングアウトにより必要以上な反発を受けたり、逆にマイノリティたちの精神的アイコンになってしまったり「かわいそうな人」扱いされることに明らかに戸惑うが、それは彼の生まれ育ちからこれまで「本質的な意味でのマイノリティになったことがない人物である」というのは想像に難くない。彼はただ、シンプルに「ゲイであること」を受け止めて欲しかっただけ。でも世の中は彼が思っていたようには成熟していなかった……そういうことなのだろう。

そんなダレンも、言葉遣いやふるまいから明らかに自分よりも“下”の出自であることが垣間見え、かつ選手としても格下のシェーンに関しては、自分が優位であることを隠さない。ヒエラルキーと差別の眼差しが、鮮やかにそこでは逆転していく。
日本人であるカワバタは、自身の不調と言葉の壁からチーム内で孤独感をつのらせている。そんな彼に、彼が理解できないスペイン語でひどい悪態をついてからかうのはマルティネスとロドリゲスのドミニカ人コンビ。このドミニカ人たちも、アメリカという社会の中では(メジャーリーガーという“勝ち組”ではあるが)人種的マイノリティであることは確かだ。また、カワバタの祖母は第二次世界大戦時にアメリカにいたことから収容所に入れられ、親戚は長崎と広島にいたという。「戦勝国と敗戦国」という関係性の中、アメリカの国技である“野球”を生業としているカワバタには、また複雑な心情も絡む。おそらくブロードウェイ初演、そして日本初演からも、日本人メジャーリーガーというものの立ち位置が変化していることを考えても、興味深い場面だ。

これらの関係性の力学的変化は、わかりやすくセリフで説明されることはない。しかし口調で、視線で、態度で……そういったもので饒舌に語られていく。舞台を見慣れない人はもしかしたら、今何が起きているかを理解するのに戸惑うかもしれない。でも舞台上で起きていることは、とても“リアル”で、観客席にいる私たちの社会で現在進行形で起こっていることなのだ。被害者になった人が容易に加害者に転じ、平等を語った口で無意識のうちに差別的発言をする。残念ながら、初演から20数年経っても、まだまだ私たちはこういった愚かなふるまいから逃れることはできていない。
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