最新ドキュメンタリー映画の裏側、盟友・番場秀一を語る
偶然結実した森山直太朗の必然 映画でしか表現できなかった、言葉にならない感情とは
2025.04.04 18:00
2025.04.04 18:00
映画『素晴らしい世界は何処に』はおそらく観る人に新しい体験をもたらす映像作品だ。森山直太朗が2022年から約2年弱をかけて全国をめぐったデビュー20周年ツアー『素晴らしい世界』の〈番外篇〉として開催された、2024年3月16日の両国国技館でのライブ映像を軸に、ツアーの過程で起きたさまざまな出来事が挿まれるこの作品は、単なるライブドキュメンタリーとは言い難い。
旅の途──直面せざるを得なかった父親の死、約40年ぶりの家族の再会。生きていくなかで分かちがたく連関するシンガーソングライターとしての森山と、誰かの子どもである森山の人生の時間。監督は森山初のドキュメンタリー映画『人間の森をぬけて』(2019)に続き、映像作家の番場秀一。ツアー『素晴らしい世界』にも帯同した番場の視点と森山との関係性がなければ、この作品は映画になりえなかっただろう。
昨年限定的に公開されたこの作品が3月28日から2週間にわたり全国公開されるタイミングで、改めて森山に映画化におけるプロセス、作品がもたらしたもの、そしてエンドテーマで流れ、新曲としてリリースされた「新世界」についても訊いた。

映画を作るのがそもそもの目的じゃなかった
──そもそもデビュー20周年の107本の長いツアーがあり、そのライブ映像が編集され、ドキュメンタリー映画『素晴らしい世界は何処に』になったわけですが、改めて映画を作った経緯について伺えますか。
改めて思うことがあって。ツアーは107本やったんですけど、この映画は108本目の公演だなっていう感じがあるんです。最終的にこれがあって初めて『素晴らしい世界』ってツアーは完結したんだなっていうふうに思っていて。そもそも映画になったきっかけはすごく単純で、Blu-ray&DVDのリリースということでライブ映像を編集するじゃないですか。その際、スタジオで確認をするので、音環境がめちゃめちゃ良かったんですね。さらに言うと大画面で見させてもらって。その圧倒的な臨場感に、これはもしかしたら生で見たものに勝るとも劣らない作品になるんじゃないかと思ったんです。あの日のライブは、両国国技館という限られた場所で一夜限り約8000人の人が見てくださった事実はあるけれども、同時に応援してくれてる人の中でも見たかったけど見れなかったって方もたぶんいらっしゃると思うから、そういう人たちに向けて全国の単館映画館みたいなところでファンの皆さんとシェアしようっていうのが一つのきっかけだったんです。
でもライブそのものは2時間半以上ありますから、耐えうる尺感で、ロードムービーも含めて番場監督に編集を依頼したところ、この作品の一つ基盤となるような映像が仕上がってきて。その映像の素晴らしさに、これはファンの皆さんとシェアするにとどまらないんじゃないか?って、また欲が出てきて。じゃあ映画化っていうものに踏み込んでみようっていう。だから映画を作ろうっていうのがそもそもの目的じゃなかったというか、結果的に映像を作って行ったら映画にカテゴリーされるものになったっていうのがことのプロセスですね。
──何をもってこれは映画になるなと思われましたか?
番場監督が『素晴らしい世界』の両国公演をライブ映像化するにあたって、旅の軌跡みたいなものとか、差し込まれてくるインサートみたいなものをDVDとBlu-rayの特典映像として都度都度撮っていたんですけど、それが思いのほか両国公演のみならず100本以上に渡って日本全国、アジア、アメリカでやってきたことと非常にリンクしていて。併せて約2年弱、107本に渡る長いツアーだったので、日常でもいろんなことが起こるんですね。父が他界したこともそうだし、余命わずかの父をきっかけに離れていた家族が再会したこともそうだし。さまざまな事柄が強烈に引き合って、この『素晴らしい世界』っていう一つのライブだけとかツアーだけにとどまらない世界観に仕上がって行ったということですね。

──台北公演でのMCがインサートされていて、それは今おっしゃったご家族のことに触れている内容でした。なので後々繋がってくるところも多かったんじゃないかと思いました。
そうなんですよ。まさにおっしゃる通りで、あの台北公演は実はツアーの最終公演で、「papa」って曲を歌う前に、日本語もほぼ通じない海外であのMCをして。僕は後にも先にもああいうことをしゃべったのは初めてだったんですね。で、なぜかそのシーンを番場監督が特典映像の中で長尺で使っていたっていうのもすごく印象的だった。だから僕が追い求めていた「素晴らしい世界」っていうものと、その曲にまつわる自分の背景みたいなものが番場監督には……「素晴らしい世界」を語る上で引っかかったシーンとして、あの台北公演のMCがあったんだなと思って。あの人はすごく感覚的な人だから、これを入れることで見てくださる人たちが感動するんじゃないかとかそんなことじゃなくて。
で、そのMCの背景っていうのは……うちの母親が僕の父親であり元旦那を亡くなった日の病床で名前を呼ぶ時に、一番幸せだったときの“なおちゃん”っていう呼称で彼を呼んだんですね。それまで別れてしまった後は“あの人”とか“あんな人”とかすごく他人行儀な呼び方だったのが、僕にとってはすごいショックだったんです。僕はもしかして愛されて生まれてきたんじゃなかったのかな? とかってことを中学生とか高校生の時から心の隅に抱えながらずっと今まで生きてきたから。だから“なおちゃん”って言った時にずっと止まってた自分の中にある時計がぐるっと動き出した瞬間があって。
その話の詳細はどういうことだったのかってことを番場監督が映像作品を作る上での情報として知っておいてもらった方がいいんじゃないかなと思って、たまたまその時録れていたその音声テープを番場監督に聞いてもらおうとしたら、最初拒否されたんですね。「これは聞けない。聞いたら絶対に僕は監督として使っちゃうから」って。だから、使う・使わないに関してはバンバン(番場)に任せるよ。僕はただ1ミリでも作品が良くなるためだったらいいし、なぜなら僕がたまたま題材になってるけれども、半分はもうバンバンの作品だと思ってるから。バンバンが見た「素晴らしい世界」においてこの録音がもしかしたら使われるってことも覚悟して君に渡すよって。そのような形で番場監督にそれを託した結果、映像の中でああいう使われ方になったっていうことでした。
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