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根底にある喜劇の本質、観客に委ねられる“本当の裁き”とは

シェイクスピアの傑作が現代に問いかける、正義とは何か?草彅剛主演『ヴェニスの商人』開幕

2024.12.06 20:00

2024.12.06 20:00

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草彅剛は、役の人生を背負い込む俳優だ

俳優たちは、それぞれ力のあるところを見せている。中でもユニークな印象を残すのが、バサーニオ役の野村周平だ。このバサーニオは、率直に言ってそれほど魅力的な男ではない。浅薄で、軽率。激しい愛の持ち主と言えば聞こえがいいが、裏返すと非常に場当たり的で、彼の吐く情熱の言葉をどこまで信用していいかわからない。そのちょっと誠実さに欠けるところを、野村周平がうまく表現している。人間の俗っぽさを演じさせると、野村周平は抜群に光る。

バサーニオ役の野村周平

男たちの情けなさが際立つ一方、本作における女性たちは実に賢く頼もしい。その中心的存在が、佐久間由衣演じるポーシャだ。金・銀・鉛の3つの箱から正しい箱を選んだ男と結婚せよという亡き父の遺言に振り回されながらも、ちっともか弱き令嬢ではない。むしろ気丈で気高く、堂々とした印象を残す。その強さと聡明さが、第二幕への布石となっている。170cmという長身の佐久間由衣の立ち姿は舞台に映え、ドレスの着こなしもため息が出るほど絵になる。そこに、侍女のネリッサを演じる長井短の飄々とした持ち味が組み合わさり、女2人の息の合ったコンビネーションが現代的な溌剌さを醸し出していた。

ネリッサ役の長井短、ポーシャ役の佐久間由衣

何よりシャイロックを演じる草彅剛の圧倒的な存在感に目を奪われる。地声よりも低く、しわがれた声色で、シャイロックの悪辣ぶりを強調する。歩き方にも癖があり、一筋縄ではいかない曲者であることが語らずとも伝わってくる。だが、こうしたテクニック的なことより、草彅剛を名優たらしめているのは、彼が演じるとその役の背景が途端に立体的になるのだ。

ユダヤ人であるシャイロックはこれまで様々な迫害を受けてきた。犬畜生と呼ばれ、商売もことごとく邪魔されてきた。その屈辱は台詞で説明されるだけだが、なぜか彼がこれまで受けてきた仕打ちの数々が、映画の回想のように眼前に浮かぶ。それは、草彅剛が役の人生を背負える俳優だからだろう。『青天を衝く』も『拾われた男』も『ブギウギ』もそうだった。台本に描かれていないところまで、不思議と想像させてしまう。だからつい草彅剛が演じる役の人生に、観る者が入り込む。

きっと多くの観客が思うことだろう、シャイロックは果たして“稀代の悪役”なのかと。むしろ善良とされるアントーニオの、ユダヤ人に対する差別的な態度のほうがよほど醜く見える。そして、この違和感こそが令和の世に『ヴェニスの商人』が上演される意義だ。

昨今、どのニュースソースを当たるかで、人や物事の見え方がまるで変わる事象を私たちは目の当たりにしている。テレビのワイドショーではひどい悪人として報道されている人物が、SNSでは高潔な正義の人として語られる。どちらが真実なのか、簡単に断定することなんてできない。むしろ容易に裁けると思ってしまう短慮な目と心にこそ、混沌の要因があるような気さえする。正義とは、それほどひどく曖昧で、足元の覚束ないものなのだ。

シャイロックは、アントーニオから1ポンドの肉を切り取ることができるのか。第二幕で、その裁きは下される。だが、本当に問われているのは、きっとそこではない。シャイロックは、悪役か否か。その裁定は、観客一人ひとりに委ねられている。

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作品情報

ヴェニスの商人

ヴェニスの商人

【東京公演】日本青年館ホール:2024年12月6日(金)~22日(日)
【京都公演】京都劇場:2024年12月26日(木)~29日(日)
【愛知公演】御園座:2025年1月6日(月)~10日(金)
【チケット料金】S席¥13,000/A席¥9,500/車イス席¥13,000(税込・全席指定)

公式サイトはこちら

スタッフ&キャスト

脚本:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森新太郎
出演:草彅剛
野村周平 佐久間由衣 大鶴佐助 長井短 華優希 小澤竜心 忍成修吾
春海四方 大山真志 青柳塁斗 石井雅登 冨永竜 田中穂先
天野勝仁 久礼悠介

スタッフ
美術:松井るみ
照明:佐藤啓
音響:けんのき敦
衣裳:有村淳
ヘアメイ: 岡田智江
音楽:落合崇史
演出助手:守屋由貴
舞台監督:澁谷壽久

1974年7月9日生まれ。1991年CDデビュー。2017年には「新しい地図」を立上げ、「ワルイコあつまれ」(NHK)、「草彅やすともの うさぎとかめ」(読売テレビ)などに出演中。舞台では「アルトゥロ・ウイの興隆」(作:ベルトルト・ブレヒト/演出:白井晃/2020、2021~22年に再演)、「シラの恋文」(作:北村想/演出:寺十吾/23~24年)などの作品に出演。ドラマでは、「罠の戦争」(23/関西テレビ)、「ブギウギ」(23~24/NHK)、映画では『台風家族』(19/市井昌秀監督)、第44回日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀主演男優賞に輝いた『ミッドナイトスワン』(20/内田英治監督)、『サバカン SABAKAN』(22/金沢知樹監督)、『碁盤斬り』(24/白石和彌監督)などがある。

1999年、ドラマ『天国に一番近い男』(TBS)で俳優デビュー。2001年、映画『リリイ・シュシュのすべて』への出演で注目を集め、ドラマ、映画からバラエティまで幅広い作品で活躍している。主な出演作に、舞台『Come Blow Your Horn〜ボクの独立宣言〜』(24)、『ひげよ、さらば』(23)、『ようこそ、ミナト先生』『野鴨』(共に22)、『迷子の時間』(20)、『管理人』(17)、映画『シャイロックの子供たち』『青葉家のテーブル』、ドラマ『夫の家庭を壊すまで』『どうする家康』『大病院占拠』『仮面ライダーギーツ』『青天を衝け』などがある。

1993年11月14日生まれ、兵庫県出身。2010年に俳優デビュー後、連続テレビ小説「梅ちゃん先生」(12/NHK)で注目を浴びる。映画『日々ロック』(14)で映画初主演を飾り、同作を含む複数作品で第7回TAMA映画祭最優秀新人男優賞を受賞。近年の主な出演作品には、映画『ALIVEHOON アライブフーン』(22)、『そして僕は途方に暮れる』『隣人X -疑惑の彼女-』(23)、『サイレントラブ』(24)『十一人の賊軍』(24年11月)などがある。

佐久間由衣

アーティスト情報

1995年3月10日生まれ、神奈川県出身。 2014年に映画「人狼ゲーム ビーストサイド」で女優デビュー。 その後、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」「らんまん」に出演し話題に。映画「“隠れビッチ”やってました。」や「君は永遠にそいつらより若い」で主演を務め、第32回東京国際映画祭「東京ジェムストーン賞」、ELLEシネマアワード2019「ライジングスター賞」の2つを受賞。 2024年は映画「おいハンサム!!」や、「キングダム 大将軍の帰還」に出演している。

1993年9月27日生まれ、東京都出身。舞台、テレビ、映画、モデル、執筆業と幅広く活躍。近年の主な出演作として舞台 月刊「根本宗子」第19号『共闘者』、ドラマ「最高の教師 1年後、私は生徒に□された」、「ケイジとケンジ、時々ハンジ。」映画『若き見知らぬ者たち』『もしも徳川家康が総理大臣になったら』『PERFECT DAYS』ラジオ「NEXT名人寄席」などがある。また小説集「ほどける骨折り球子」他、自著や連載も多数執筆。

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