2024.06.11 18:00
2024.06.11 18:00
時代を象徴するミューズは、ある日颯爽と大衆の前に現れる。河合優実もまさにその一人だ。『由宇子の天秤』『サマーフィルムにのって』『少女は卒業しない』など数々の映画で高く評価されてきた才能が、ドラマ『不適切にもほどがある!』で一躍注目度を高めた。
アンニュイな佇まいから溢れ出す圧倒的な存在感や、その役が本当に存在しているとしか思えない生きた演技。それらすべてを集約した映画『あんのこと』が6月7日より公開中だ。
2020年6月、新聞に掲載された一人の少女の壮絶な人生を綴った記事。彼女の人生を映画にしたいという、監督・入江悠の想いが結実し生まれた本作。河合は、幼い頃から母親に暴力を振るわれ、自らの体を売ることで糊口を凌ぐ主人公・香川杏を演じている。
今、ブレイクの波に乗る河合優実とは何者なのか。その答えの一つが、この映画に刻み込まれている。
杏は私にとってのすべてだった
──香川杏という女性を演じるのは、他の役とはまた違う心構えや準備が必要だった気がします。
そうですね。フィクションではなく、実在した人を演じることには他の役とは違う心構えがいりました。極端な話、私たち次第で勝手に描けちゃうわけじゃないですか。杏のモデルになった人の人生を変えることもできるし、変えずにそのまま描くこともできる。いろんな選択肢がある中で一番大事にしたことは、できるだけ失礼のないようにやることでした。具体的に何をしたというよりも、とにかく真剣にやろうと決めて、撮影中はずっと杏のことを強く思っていました。
──モデルになった方のことや、その周辺の人たちについて取材したりも?
稲垣(吾郎)さんが演じていらっしゃる記者のモデルになった方にお話を聞きました。杏は何歳から体を売っていたのか。どういう状況でクスリを買っていたのか。記者の方と会うときは、どこでどんな話をしたのか。そのときはどういう態度だったのか。ありとあらゆる話を聞いて。ただ、聞いたことをそのまま再現するのは違うなと思ったんです。あくまで記者の方から聞いたことをベースに、そこから香川杏というキャラクターをつくっていきました。
──記者の方から聞いたお話の中で特に印象的だったことは何ですか。
その方から見て、いちばん頭に残っている姿を聞いたら、いつもニコニコ笑ってる顔だと。初めて会ったときは、大人の陰に隠れようとする幼い女の子のようだったとおっしゃっていたのが、すごく印象的でした。
──生い立ちを考えると悲劇的な印象が先行してしまうんですけど、笑ってる顔がいちばん印象的だったんですね。
境遇とか設定だけ聞くと、どうしても暗くて重い方向に引っ張られがちになりますが、決してそうじゃないというのはお話を聞く前から分かってはいました。ただ、じゃあ具体的にどう立ち姿をつくればいいのか分からなくて悩んでいたんですね。そんなときに記者さんの話を聞いて、私の想像力だけではこの答えに辿り着けなかっただろうなと。すごく助けられましたし、ヒントになりました。
──杏として生きる日々はいかがでしたか。役に侵食されるような感覚はありましたか。
すごく追い込まれたという記憶はないんですけど、いつもに比べたら役と自分自身が一緒になっていた感じはあるかもしれないですね。普段、役から切り替えられないということはあんまりないんです。でも思い返してみると、撮影中は今とモードも違ったなと。ずっと役に入っているというよりは、ただただ杏のことばっかり考えていました。
──杏のモデルとなった人はどんなふうに生きてたんだろうと考えたり。
あとは、心の中で話しかけたりとか、そういう時間が多かったですね。
──もし会えるなら、杏のモデルとなった人に会ってみたかったですか。
そうですね。もちろん会うことができない前提でやっているんですけど、一方的にずっとその人のことを考えていた分、勝手に近い存在に感じていましたし、私にとってのすべてだったので、会って言葉を交わすことができたらどんなにいいかとは、思っていました。
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