2023.11.26 17:00
水瀬いのり(2023年10月28日 ぴあアリーナMM公演より)
2023.11.26 17:00
水瀬いのり史上最大規模となる「Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART」。今年9月にリリースした12thシングル『スクラップアート』を引っ提げたこの全国ツアーは、それぞれの曲が持つ世界観をステージ上で演出し、様々な趣を持つアートを表現するというコンセプトのもと開催された。
2015年のアーティストデビュー以降、ジャンルにとらわれないバラエティに富んだ音楽に挑戦し、昨年は自身が表現したい音楽を追求したフルアルバム『glow』を完成させるなど、アーティストとして新たな面を開拓し続けている水瀬。ツアーファイナルシリーズである神奈川・ぴあアリーナMM初日のステージは、彼女の歴史で現在位置を表すコラージュアートのようなライブだった。
場内が暗転すると、オープニングムービーの世界観を引き継ぐかたちで1曲目の「スクラップアート」へとなだれ込む。ステージは背景、上手、下手の3面が正方形のLEDモニターで敷き詰められ、その中央ブロックは可動式のステージになっていた。その上に水瀬が立つと、映像と同化して見えるという視覚効果だ。ビル群の中で黒を基調にした衣装のフードを被って歌う水瀬は、クールかつ優雅なサウンドに乗せて凛としたボーカルを響かせる。異なる要素が合わさることで新しい表現が生まれる“SCRAP ART”という概念へと、一気に観客を引き込んでいった。
フードを取り上段ステージから降りた水瀬は「identity」「リトルシューゲイザー」とその後も硬派なギターロックナンバーを畳み掛ける。モニター一面に都会の夕景が広がり迫力で圧倒する演出もあれば、正方形のモニターの集合体という構造を巧みに扱い、スクラップのように切り取ったフレームにリアルタイムの水瀬の表情を収めるシーンもあり、様々な手法を巧みに用いていた。ステージ作りの一つひとつにも、今回のツアーのコンセプトが基盤になっていることが窺える。
3曲歌い終えた水瀬は挨拶を済ませると、この1週間で足元に危険を感じることが多いと話す。「ここにいる皆さん、“いのりちゃんの足に何も起きませんように”と祈願していただいてよろしいでしょうか」と求め、観客と共にその文言を何度も繰り返した。なかなかパンチのある光景だが、それを柔らかい語り口で「すごい・・・!何かを統べる人ってこういう気持ちなのかな(笑)。ありがとうございます」とオチをつける水瀬もつわものだ。
バンドメンバーによる導入でブルーを基調としたデニム地の衣装へと早着替えをした水瀬は、「僕らだけの鼓動」と「クリスタライズ」を披露。観客と目を合わせながら丁寧にメロディを辿り、会場を清涼感でもってピュアに彩る。バンド紹介のセクションを挟むと白とパステルブルーを基調にした水玉とフリルのセットアップで登場し、「アイマイモコ」と「運命の赤い糸」と恋のときめきや戸惑いを描いたラブソングを届けた。彼女が様々なジャンルやメッセージ性の音楽を発信してこれたのは、ソフトでありながらも芯の強さも兼ね備えた、よく通る澄んだ声の持ち主であることも影響しているであろう。彼女の歌声は、どんな物語にもナチュラルな煌めきをもたらしていた。
バンドメンバーにフォーカスしたトークを展開した水瀬は「バラバラなパーツも集まるとこんなにも輝くという、まさに“SCRAP ART”なバンドメンバー」とそれぞれの個性を尊重する。そして「皆さんも演出の一部になってほしい」と観客に呼び掛け、水瀬のオリジナルキャラクターのテーマソングである「くらりのうた」へ。ステージのモニターには水泡の映像が映し出され、客席は青いペンライトと水瀬のグッズである「くらりライトチャーム」の光で包まれる。海の中にくらりちゃんが漂うような光景も相まって、ぴあアリーナMMが水槽のようにも見えた。
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