ヒップホップで社会を生き抜く! 第23回
“ヒップホップの最重要人物”グランドマスター・フラッシュの探究心が産んだ巨大カルチャー
2023.10.02 19:00
http://www.grandmasterflash.com/
2023.10.02 19:00
音楽だけではなくファッションやスポーツなど、世界中のカルチャーに大きな影響を与えたヒップホップが今年の8月11日に生誕50周年を迎えた。1973年にDJクール・ハークと妹のシンディー・キャンベルがニューヨークのブロンクス地区で共にブロックパーティーを開催したことがきっかけで生まれたとされるヒップホップのカルチャーだが、DJクール・ハークは当時、2枚のレコードを同時に使い、楽曲のドラムブレイクの部分を繋げるというDJスタイルを確立し、その手法が様々な文化へと発展した。
楽曲の“ブレイク”部分を繋げたことがきっかけでブレイクダンサーたちなどが生まれ、ヒップホップの4大要素であるDJ、ラップ、グラフィティ、ブレイキングに発展したが、その進化において最も重要な人物の一人はグランドマスター・フラッシュだ。DJクール・ハークがヒップホップの祖だが、1970年代にビートを「ループ」させる手法を完成させ、ビートのループを基調としたヒップホップなどのポピュラー音楽の礎を作ったのがグランドマスター・フラッシュと言っても過言ではない。
グランドマスター・フラッシュの功績
貧民街における若者の苦難をラップした1982年の「The Message」が50万枚のヒット曲にもなったGrandmaster Flash and the Furious Five(グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴ)のメンバーとしても活動し、アーティストとしても活躍していたグランドマスター・フラッシュ。「The Message」は社会的な問題をラップで表現した初の曲とも言われており、後のヒップホップ大きな影響を及ぼした。アーティストとしての重要性はもちろん、1970年代に彼のDJとしての研究がなければ、ヒップホップは発展していなかっただろう。
実際にグランドマスター・フラッシュ自身も、「DJクール・ハークはブレイク部分を“リピート”していたが、ビートを正確に繋げシームレスな“ループ”をしていたわけではない」と語っている。彼は2枚のレコードのうち、片方でブレイク部分を再生している間にもう片方を巻き戻し、「完璧なループ」を作る手法は自分が作ったという内容の動画も公開している。グランドマスター・フラッシュは、「曲中のドラムブレイクが永遠に続けばいいのに」という願いから、1970年代前半に独自でターンテーブルを研究し、DJクール・ハークがたどり着かなかった「永遠のループ」を作る方法を編み出したのだ。
曲中のブレイク部分が人々を最も踊らせることに気がついていた彼は、DJクール・ハークに大きく影響を受け、そのブレイク部分をさらに正確にループさせる方法を探求し始めた。グランドマスター・フラッシュは子供の頃から電気系統や工作にとても興味があり、工業系の専門学校に通っていたため、レコード屋に行く以外は部屋に篭り研究や実験に没頭していたようだ。
完璧なループを作るまでの道のり
同じレコードを2枚使用し、完璧にシームレスなループをしているビートを作る上で、彼は複数の課題に直面したと語っている。一つは「レコードを指で巻き戻すときにスムーズに回らない」というものだった。ターンテーブルのレコード設置面はゴムでできているため、レコードとの間に摩擦が生まれ、指で巻き戻してもスムーズに回らなかったのだ。彼は数々の素材で実験した結果、フェルト布をスプレー式洗濯のりで固めたものをレコードの下に敷き、今ではDJ機材に欠かせない「スリップマット」を作ることに成功した。そのマットをレコードとターンテーブルの間に挟むことにより、滑りがスムーズになり、レコードを巻き戻したり、スクラッチをすることが可能となった。
2つめの問題は、「レコードを巻き戻した後、再生を再開したときにターンテーブルが最大速度に達するまで時間がかかる」というものだった。彼はありとあらゆるメーカーのターンテーブルを試してみた結果、電気屋の片隅に放置されていたターンテーブルの存在に気がつく。店員にターンテーブルを研究している旨を説明し、試せないか頼んだ結果、そのターンテーブルは今まで試した中で最も早く最高速度に達したようだ。彼は当時のことをこのように振り返っている。
「今まで使ったなかで一番早く最大速度に達して感動をした。驚いたことにこれが全く聞いたことがないメーカーだったんだ。小さくステッカーに“Technics”と書いてあった」
グランドマスター・フラッシュがそのときに奇跡的に出会ったターンテーブルが日本のパナソニックから出ている「Technics SL-23」だった。
彼が直面した3つめの問題は、ミキサーの仕様上「片方のターンテーブルを流している時、もう片方の音を確認できない」ということだった。グランドマスター・フラッシュは「ビートを4小節を巻き戻すには、レコードを逆方向に6回転する」という独自の計算式を編み出し、ドラムブレイク部分をループさせていたが、彼はさらに正確に調整するために、ミキサーの改造を試みた。彼は電気やで電流スイッチを購入し、ミキサーの配線に取り付けることにより、音が出ていないほうのターンテーブルもヘッドホンで聴けるようにしたのだ。これが後のDJシステムに必須となった「CUE」機能となる。
このようにグランドマスター・フラッシュは、既存のドラムブレイクを完璧にループさせることにより、サンプリングの基礎を作り、そのループがMCたちがラップをする「ビート」になった。グランドマスター・フラッシュがいなければ、ヒップホップのビートも、サンプリングも、ラッパーも、さらにはビートがループするポップスも生まれていなかったかもしれない。
グランドマスター・フラッシュが現代の音楽/DJ/音楽プロダクションにいかに大きな影響を与えたかを書いたところで、彼のキャリアのアップダウンから学んだことを紹介したい。
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