ヒップホップで社会を生き抜く! 第18回
インディーズアーティスト必見!自主レーベルで天下を取ったラッパー、テック・ナインから学ぶビジネス術
2023.05.03 14:00
テック・ナイン「3D」
2023.05.03 14:00
今では多くのアーティストがインデペンデントで活躍しており、技術の発展とイノベーションによって誰もがベッドルームから世界に音楽を届けることが可能になった。以前はヒップホップ業界で最も成功したインデペンデントアーティストの一人であるRuss(ラス)のカムアップを紹介した。連載『ヒップホップで社会を生き抜く! 』第18回では、インデペンデント・ラッパーの先駆けであり、売上と功績ともに「キング・オブ・インデペンデント」として知られているTech N9ne(テック・ナイン)のビジネスを紹介したい。
テック・ナインは1993年にレーベルと契約したものの、アルバムをリリースせずにレーベルから契約解消される。その後、1999年に家具ビジネスで成功を収めていたトラヴィス・オグインと自主レーベル〈Strange Music〉を立ち上げ、2001年に『Anghellic』をリリース。地道なツアー活動と、数え切れないほどのリリースで、徐々にレーベルを成長させた。2014年には年間で2,000万ドルの売上を達成し、「Hip Hop Cash Kings」によると2021年にはパンデミック中にも関わらずテック・ナインは2,500万ドルの収入を得ている。昨年には俳優、“ロック様”ことドウェイン・ジョンソンのラップをフィーチャリングした「Face Off」もバイラルヒットしていた。
地道なファンベースの拡大
そんな彼と共同創設者のトラヴィス・オー・グインによる〈Strange Music〉のビジネスは、主に音源セールス、グッズ、ツアーの3軸で支えられており、2014年の内訳はそれぞれ650万ドル、600万ドル、700万ドルとなっている。グッズとツアーの売上が大半を占めているテック・ナインの活動だが、彼はとにかくハードワークで知られている。ケンドリック・ラマーもテック・ナインについて『スタジオでもステージでも、彼の仕事に対する理念はクレイジーだよ』と語っていた。インターネット時代以前からインディペンデントアーティストとしてハードワークをこなしてきたテック・ナインだが、カルト的なファンベースを獲得する上で、ツアーの重要性について2018年のインタビューで以下のように語っていた。
「最初から全力でライブをやってきたことは大きな要因だと思う。ラジオやテレビなどのメディアを通さずに、0からハードコアなファンを獲得しないといけなかった。最初は行ったことがない街にとりあえず行ってみて、客が7人しかいないような状態でライブをした。客が7人しかいなかったとしても、俺たちは7,000人の観客がそこにいるかのような感じで全力でライブをする。そしたらそのライブを見てくれたファンが、友達にその話をするんだ。
そしたら次にその街に戻ってきたときには観客が20人になる。3回目に戻ってきたら50人になっている。徐々に100人、200人、300人と増えて、何年後かに1万人の前でライブをやるようになっていた。こないだもコロラド州デンバーで1万8,000人の前でライブをした。それが長年積み重ねてきたハードワークだ」
アンダーグラウンド時代から口コミの力で徐々にファンを増やしてきたテック・ナイン。まさにハードワークの化身とも言える活動だが、彼はファンの力と口コミの宣伝効果を巧み活用し、カルト的なファンの「コミュニティ」を作っていることがわかる。彼はメジャーレーベルようなパワーがないことを理解していたから、一人ひとりファンを増やしていくしかないと考えたようだ。〈Strange Music〉におけるグッズビジネスの成功も、その「コミュニティ」からくるものだと語っている。彼は特にファン一人ひとりと話すことを心がけていたようで、「ミート&グリートをして、自分と話したいと思っているファンと繋がるんだ。毎ツアーで、俺に会ったり、プレゼントを渡したいと思っているVIPのためにミート&グリートをしているんだ」とも発言している。
テック・ナインの最新ミュージックビデオでも、ファンをレーベル本社に招待し、サプライズで登場するという演出でファンと繋がっている様子を見ることができる。テック・ナインはファンサービスをブランディングの一部にし、「コミュニティ/ファミリー」としてファンを大切にしている姿を頻繁に見せている。
テック・ナインはグッズビジネスについて、「人は歩く広告塔だ」と語っている。現代ではSNSインフルエンサーなどがいるため、想像しやすいが、彼は昔からグッズは人のコミュニケーションが伝染して売れるものだと述べている。「例えばテック・ナインのシャツを着てる人がいたら、他のファンがいたときに“お前とは仲良くなれそうだ”と言われるだろう。その会話がファミリーという意識を生み出し、広がっていく」と語っており、少ない人数からファンを徐々に獲得し、「コミュニティ」感を作っていくのもファミリー意識を生み出せた要因だろう。
また、彼はインディペンデントアーティストにとって重要なのは、コンスタントに作品や話題を作っていき、数で勝負することだとも語る。
「ヒップホップの大統領になりたいのであれば、戦略が必要だった。俺らの戦略はツアーだ。市場にコンスタントに音楽をリリースし、コンスタントにツアーをし、コンスタントにアルバムをリリースし、土台を成長させていく」
これはアーティストではなく、スタートアップやビジネスにおいても同じことが言えるだろう。大手企業のように予算が莫大にある場合を除き、広い範囲に広告を打ち、フォロワーだけを増やすというのは新興企業にとってはあまり良い結果にならないことが多い。フォロワー数ではなく、エンゲージ率とファンのロイヤリティが重要だと誰もが知っている時代には「フォロワーだけ多い」というのは逆効果になる場合もある。そのため、最初のステップでは地道にコアユーザーを満足させることが重要だったりする。
自身のブランドを大切にすること
近年ではファッションブランドやファストフードチェーンがラッパーとコラボをすることも多いが、テック・ナインが契約している唯一のブランドがモンスターエナジーだ。トラヴィスは「今までに20社ぐらいからオファーがあったけど、私たちにとってあまり親和性がないものだった。“テックにこれを着てほしい”みたいなオファーは多いけど、テックがそんな靴履くわけないだろ」と語っており、多くのオファーを断ったと明かしている。これはテック・ナインが〈Strange Music〉という大きなブランドを持っているからでもあるだろう。彼は自身のレーベルをブランド化し、自分や他の所属アーティストにレペゼンさせることにより、レーベルのグッズも売れるようなブランディングをしている。
また彼は自身のブランドである特徴的な音楽スタイルを貫いている。ラッパーがオートチューンを使用して歌うことが一般的になった現代だが、彼はリリシストとしてのスタイルを貫くことに対してこだわっていると語る。
「今ではみんなが歌っている。俺らの時代には、みんなリリシストであることにプライドを持っていた。今のラッパーたちはヴァイブスを誇りに思っている。もし俺のスタイルが時代遅れだとしたら、こんなにツアーできていないだろうし、こんなに売れてはいないだろう。広く見れば、どんな音楽だって聴かれる土台がある」
テック・ナインはインディペンデントにも関わらず、リリシズムと変則的なフロウにこだわることによって、エミネムやケンドリック・ラマーなどのアーティストにも評価され、コラボも果たしている。
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