2022.09.13 17:00
2022.09.13 17:00
さとうもかが梅田シャングリラと東京キネマ倶楽部で各々2公演行った「Sugar Science Show〜2022 Summer〜」は全公演がSOLD OUT。今回は東京公演の一部をレポートする。ライブタイトルとして恒例になった“Sugar Science”の、「甘くて夢みたいだけど、現実」というニュアンスを存分に味わった。
ダイナ・ショアやコーデッツ、ディジー・ガレスピーなどジャズやオールディーズの開場BGMが似合いすぎるキネマ倶楽部のシチュエーションに、現実感が後退していく。昔の映画館のアナウンスのようなメンバー紹介とともにシンリズム(Gt)、厚海義朗(Ba)、沼澤成毅(Key)、河合宏知(Dr)が入場し、位置につく。開演のブザーとともにキネマ倶楽部おなじみの2階ポーチに割烹着を着たさとうが登場し、「歌う女」でスタート。ミュージカル調で地味な主婦が歌うことで自我に目覚めることを表現した曲だが、どの私も私だと宣言するのがカッコいい。そう。やりたいことは全部やるし、思いの解像度は最大限クリアでなければ自分がやる意味なんてない──しかもその熱量を自覚しているのかどうかも分からないようなちょっと天然な雰囲気すらカッコいい。
階段を降りて、魔法の杖でオーディエンスをショーの世界に誘い込んだあとはフルアコを抱えての「Loop」。音源のDTMテイストを生音に変換しているだけでなく、必要なカッティングだけをしっかり弾く彼女の音楽家としての律儀さに見入ってしまった。これがギターポップやインディー・ロックなら演奏スタイルももっとラフで成立するけれど、さとうには理想のアンサンブルがきっと見えているのだろう。バンドも控えめかつ効果的な音量で1曲ごとに世界観を作っていく。
謝辞を述べ、今回のライブは「夏とジャズ」をテーマにしていることを告げて、「old young」へ。懐かしさのあるファンタジックなピアノジャズで、沼澤のピアノリフに加えて、さとうが弾くトイピアノが効いている。さらに50〜60年代のフレンチポップ風な「オレンジ」と続くと、渋谷系と呼ばれていた音楽とまた異なるバックボーンを持つさとうが、2020年代に響くビタースイートな恋の歌を歌っていることにメロディやアレンジが喚起する音楽の不思議を思わずにはいられない。しかも単にオールドタイミーなわけじゃなく河合が三連のキックを入れたり、ヒップホップ要素を垣間見せたりするのだが、それすらわざとらしさはなく、上品だからこそいいフックになっていたのだ。
続く〈誓わないキスに慣れてしまっていた〉というパンチラインを持つ人気曲「woolly」ではシンリズムのワウカッティングがマイナーのファンクチューンの軸を為していたが、寂しさや悲しさをこれほどコードやメロディで感じたのは子どもの頃の実感に近いなと思ったのだ。その感覚は少しホラーっぽいピアノのイントロの「ラムネにシガレット」に自然に繋がっていった。意識が遠のくような暑さや、真夏の倦怠感を思わせる歌詞が立体的になり、物語の続きのように聴こえる「あの夜の忘れ物」に自然と接続されていた。ジャズのコードが醸す安心感と解像度の高い恋の歌のリアリティ。このバランスは他のアーティストにはなかなかないものだ。
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