コンセプチュアル・アートの騎手、待望の個展
時間とは?価値とは?「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」で見たアーティストのユーモアと鋭い眼差し
2022.08.06 13:00
2022.08.06 13:00
まるで謎解きのような鑑賞体験
「あなたがこれから3日しか生きられないと言われたら、その3日間はInstagramを見て過ごすでしょうか?」そんな問いかけから始まった、ガンダー本人の解説によるギャラリーツアー。
「みなさんは自由について対話をすることがあると思います。しかし実は私達は、既に手にしている自由を使うこともなく、同じことの繰り返しで毎日を過ごしています。そして多くの人は、私達の目の前にある物理的に見ることができるもの、手にすることができるオブジェクトなどが、人生において大切だと思っています。しかし実は、私達の思考やアイディア、コミュニケーション、それぞれが過ごす瞬間や出来事の方が重要で価値があることなのです。私の父はよく、『自分にとって、あなたにとって、みんなにとって、一番の財産が時間だ』と言いました。そしてもう一つ父が言っていたことが『世界が自分の力でまわるのを見届けるべきだ』ということ。ここで目にするものの多くは、この考えに基づいてつくられたものです。」
自分にとっての自由とは? 時間とは? そんな問いから展示作品たちを見ていくと、まるで謎解きのような体験が始まる。

たとえば展示空間に入って最初にあるこちらの作品。壁に埋め込まれた機械のセンサーに手をかざすと、数字の書かれたチケットが出てくる。
「ここには世界のどこかの場所を示す緯度と経度が書かれています。世界というのは本当に広くて、このギャラリーのスペースとその中で見られるよりも面白いことがもっともっとたくさん世界にある。それを一作品目から皆さんにリマインドするようにしているのです。」
自分の創造力を小さくまとめるな。そんなパンチの効いたメッセージに目が覚めたような思いになる。

最初の白い空間には、《タイーサ、ぺリクルーズ:第5幕第3場》や《ウェイティング・スカルプチャー》シリーズなどが展示されている。

等身大の女性の彫刻と、少し離れた場所にある男性の彫刻は、鉛筆の芯と同じ素材で在るグラファイト製のもので、作品が動いた痕跡として壁が煤けたように汚れている。
「彼は若い俳優で、おそらく演劇の学校で勉強中の人です。シェイクスピアの演劇作品の稽古をしているのですが、彼は幕の裾で自分のセリフを言うシーンを待っていて、自分のセリフを間違えないように一生懸命そのセリフを覚えようとしているところ。ただ、彼は新人なので、この脇役の人が覚えなければいけないセリフは、実は一文しかありません。しかしその若い役者は、ほとんどの時間を自分の演技のために待って過ごしているのです」
そう説明を聞くと、脇役である彼の待ち時間は、第三者から見るとなんだか哀れにも見え、一方で彼にとってどのくらい有意義なものなのだろうかとも思う。

会場内を歩いていると、赤いシャツを着た男性と緑色のシャツを着た女性のペアが時々視界に入ってくる。これもまた《時間にともなう問題》という作品だ。《クロノス・カイロス19.04》という時計の作品と合わせて見ると、同じ空間内でデジャヴを見ているような、パラレルワールドを同時に見ているような気分になる。

「この作品のベースはジョルジュ・ヴァントンゲルローという40年ほど前に亡くなった作家の彫刻作品で、元々は非常に直線的で近代的な彫刻作品でした。その作品をコンピュータのアルゴリズムを通じて線を全て曲線的にして、まるでその中に空気をいれた風船のように、膨らんだ形にして作品を作り直しました」
そしてその後ろにひっそりと掛けられている、アルゴリズムによってランダムに雫を生成し続ける作品も、話を聞くと非常にユニークな発想から生まれていることがわかる。

「私達がいつも理解している時間というのは、クロノスという概念に近いものです。クロノスというのは自分たち人間が、その時間が今何時だとか、何分だとかを理解するために作った計測の方法です。たとえばクロノス的な時間の理解の仕方に従うと、『夕食を7時にとる』という時間の理解の仕方になります。しかし時間の概念はもうひとつ、カイロスというものもあります。これはクロノスより有機的な時間の理解の仕方で、『お腹が空いたから夕食をとろう』という考え方になります。クロノス的な時間の考え方をしていると、時間が私達に何を行動するべきか教えてきます。しかしカイロス的な時間の理解をしていると私達が時間をコントロールします。私としては、何をしろとかあれをしようとか言われるのが好きではないから、普段の生活もカイロス的な時間で過ごしたいですね。」

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