“遠い説話”を現代に投影した白井晃演出×俳優陣の魅力とは
その遍歴は、混沌とした世界を生きるための啓示となる。草彅剛主演舞台『シッダールタ』開幕
2025.11.19 20:30
2025.11.19 20:30
草彅剛主演の舞台『シッダールタ』が、11月15日より世田谷パブリックシアターにて開幕。前日14日、公開ゲネプロが行われた。
この『シッダールタ』は、『車輪の下』『デーミアン』などの代表作で知られるノーベル賞作家、ヘルマン・ヘッセの同名小説を下敷きに、NHK連続テレビ小説『らんまん』の脚本などでも知られる劇作家・長田育恵が描き下ろした作品だ。

ひとりの男(草彅剛)が、世界の混沌の中で自身を見失い佇んでいる。友人のデーミアン(鈴木仁)は行動を促すが、彼は歩き出す道を見出せない。同僚のエヴァ(瀧内公美)の支えを受けながら思索の森に足を踏み入れ、やがて彼はシッダールタとなる。
古代インドに生まれたシッダールタ(草彅剛)は、最高位のバラモン階級の子として生きている。その生活に疑問を抱き、より深い叡智を求めて、家を飛び出す。シッダールタについてきたのは、彼に魅了されている青年ゴーヴィンダ(杉野遥亮)ただひとりだった。しかしシッダールタは、修行の意味に疑問を抱き、修行の道を突き進むゴーウィンダとも袂を分かち、俗世に下野する。やがてシッダールタは、美貌と知性と教養で確固たる地位を築いた高級娼婦・カマラー(瀧内公美)と出会う……という物語だ。

劇場に足を踏み入れると、まず舞台美術に目が惹かれる。金属質の輝きを持ち、上半分となった球体状のセットに、赤みを帯びた砂が撒かれたステージ。周囲の壁は蓮の花の内部のようでもあるし、「おりん」や「擬宝珠」といった仏具や装飾なども彷彿とさせる。天井からは、いくつか継ぎ合わされた細長いLEDのライト。それは登場人物たちに降り注ぐ天啓のようにも見えるし、蜘蛛の糸のようにも見えるし、光色によっては舞台の空気を“現代”へと切り替える役割も持つ。

現代美術のように抽象的で美しいセットながら、そこで繰り広げられる俳優たちの営みはなんともフィジカルでダイナミックだ。古代ギリシャ劇の“舞台”に登場する人物たちのように、物語に参加する人物たちは壁の上から砂の上に滑り降り、そして退場するときにはまた壁を登って去ってゆく。頭よりも高く、反って立つその斜面を俳優たちが繰り返し繰り返し登っていく、その作業は相当に体力を削られる動作だと思うのだが、登場人物たちは軽やかに、こともなげにそれをこなしていく。コンテンポラリーダンスの世界で活躍する平原慎太郎の振付により、舞台を上に下にと走り、踊り、この壮大な物語を紡いでいくキャストたちは、それだけで観客の目を楽しませてくれる。演出は、『バリーターク』、『アルトゥロ・ウイの興隆』と過去2作で草彅剛とタッグを組んでいる白井晃。触れたら壊れそうな繊細な美しさと、退廃的な空気を合わせ持つ世界観を構築させたら右に出るものはいない彼の手腕は、今回も健在だ。
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