映画『火喰鳥を、喰う』では観客を物語に誘う新聞記者役に
「心と身体をつなげるのが好き」森田望智が語る、さまざまな役を演じ分けるためのアプローチ
2025.10.15 18:00
2025.10.15 18:00
穏やかな笑顔に、柔らかく落ち着いた声。目の前に現れた森田望智は、想像どおりの人だった。いや、彼女に対して抱くイメージは人それぞれか。作品ごとに大きく異なるキャラクターを演じてきた森田は、決して特定のイメージに縛られる存在ではない。
しかし、各キャラクターのベースにあるのは森田本人にほかならない。それぞれの作品を通して、役を通して、いろんな姿を見せてくれる森田は、いつもどのように役と対峙しているのだろうか。
“火喰鳥”に魅せられた者たちが、次々と怪異に見舞われていくさまを描く『火喰鳥を、喰う』で森田は、記者の与沢一香を演じている。観客たちを物語世界に誘う、重要な役どころだ。この作品の話を入口に、俳優・森田望智の素顔に迫った。

宮舘さんが誰よりも現場の空気づくりをしてくださっていた
──『火喰鳥を、喰う』はジャンルとしてはミステリーですが、この言葉に収まらないほど不思議な作品ですね。
本当にそうですよね。火喰鳥の存在が基点となって、いろんな人々が禍々しい物語に巻き込まれていく。先の展開がなかなか読めないタイプの作品だと思います。
──作品づくりに取り組んだひとりとしても、そう感じているんですね。
「どうなるんだろう……」「これはどういうことなんだろう……」とずっと思っていて、映像化していくにあたって未知数の部分が大きかったんです。私が演じた与沢さんは淡々としたキャラクターなのですが、客観的に役を掴むというよりも、目の前で起こる現実に向き合っていくような感覚でした。
──撮影中も?
撮影中もです。私自身、なんだかずっとふわふわした状態だった気がします。

──与沢さんは観客たちを物語の世界に誘っていくような役どころだと感じました。森田さん自身はどう捉えていましたか?
おっしゃるとおりだと思います。彼女が火喰鳥にまつわる話を持ってきたことで、物語は大きく動き出し、登場人物の誰もが摩訶不思議な事態に見舞われていく。とても難しい役どころでした。「信州タイムス」の記者である与沢さんに対して、地元愛の強い、優しいキャラクターだというイメージを最初は抱きました。でも、恐ろしい事態に巻き込まれていながらも、より先へ先へと彼女は自ら足を踏み入れていく。その原動力になっているのは、やっぱり火喰鳥なんでしょうね。火喰鳥という存在に魅せられているんだなと。
──火喰鳥に魅せられている。
はい。劇中では戦時中のとある出来事が語られるのですが、そこでいったい何があったのだろうかと、彼女は関心を抱きます。記者としての与沢さんらしい性格なのかもしれません。そしてそれとは別に、純粋に火喰鳥に魅了されていく。このふたつが恐怖心に勝るんでしょうね。演じていてそう実感しました。
──脚本上だけの話ではなくて、実際に現場に立っていてそう実感したんですね。
このキャラクターって、思い返してみるとどんなものにもできたと思うんです。でもまさに、与沢さんは人々を恐怖の世界に誘う存在。物語のはじまりの部分をつくる存在です。ほかのみんなが個性的なので、あんまり色がついているというよりも、わりと素朴な存在でいいのかもしれないと思いました。
──登場人物たちの中で、とくにフラットな存在でいようと。
そうです。宮舘涼太さんが演じる北斗総一郎が特にそうですが、一人ひとりのキャラクターがすごく立っているんですよね。その中で与沢さんはある種、普通というか、平凡な存在でいるのがいいのかなって。この恐ろしくて不思議な事態に巻き込まれたら、いったいどうなってしまうのか。登場人物たちの中でも、おそらく彼女がもっとも一般的な感覚の持ち主で、観客のみなさんに近い存在かもしれません。この役を演じるうえで掴んでいった感覚です。火喰鳥に魅せられる存在なので、共感しにくいところはあるかと思いますが、観客のみなさんが与沢さんの存在にご自身を投影し、この作品を楽しんでくださったら嬉しいですね。

──かなり異色のミステリー作品ですが、本作ならではの取り組みだと感じることは何かありましたか?
どうでしょうね……。たしかに風変わりなミステリー作品ではありますが、私の実感としてはほかの作品と変わりなかったように思います。恐ろしいシーンもたくさんありますが、現場はけっこう和気藹々としていました。印象に残っているのは、宮舘さんが誰よりも現場の空気づくりをしてくださっていたことです。劇中では物語をかき回す変わり者を演じていらっしゃいますけどね。
──カメラの回っていないところでは、みなさん和やかに過ごされていたんですね。ふだんとは視点やモノの見方が変わったことはありましたか?
劇中では昭和の時代も描かれるので、あの時代の品々が映画美術として登場します。それらがレトロで可愛いものなどとはまったく違い、不安を煽ってくるんですよね。私自身に『火喰鳥を、喰う』という作品のフィルターがかかっていたことも大きく影響しているのかもしれませんが、美術部の方々の力だとも言えると思います。現場で起こることは基本的に誰かの手によるものですが、普段の現場とは違った印象を受けました。
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