岩代太郎の音楽×首藤康之演出によるこの作品だけの個性とは
三宅健と馬場ふみかが“現在進行”の世界に祈りを捧ぐ 奏劇vol.4『ミュージック・ダイアリー』開幕
2025.06.22 15:00
2025.06.22 15:00
奏劇 vol.4『ミュージック・ダイアリー』が、6月21日(土)に東京・よみうり大手町ホールで開幕した。
「奏劇」は、作曲家の岩代太郎が音楽と演劇の融合を目指し、2018年に始めた舞台シリーズだ。第4弾となる今作『ミュージック・ダイアリー』は、音楽を言葉として伝え、戦争で離れ離れになった男女が愛と平和を求めて音楽日記を交換する……つまり“ミュージックダイアリー”を交わすという作品だ。出演は、「奏劇」には2回目の参加となる三宅健と、今回初参加となる馬場ふみか、西村まさ彦の3人。そして、2人のピアニスト……なんとも、シンプルな構成だ。

講談師、久遠泰平(西村まさ彦)から語られるのは、涙の恋物語。始まりは、東ヨーロッパ、2021年12月。「ミール音楽院」という音楽大学に、優れたピアノ奏者で作曲家としても類稀なる才能を持つミカエル(三宅健)という青年教授がいた。同じ大学に隣国から通いながらピアノの教鞭を取る、ローラ(馬場ふみか)へ思いを寄せるミカエル。クリスマスにローラと相思相愛になる2人は、思いを確かめあったあとにふと彼女を想う愛の曲を思いつく。そして2人は、その続きを互いに作る“交換日記”ならぬ“交換音楽日記/ミュージック・ダイアリー”として交わすことに。

ところが、ミカエルの生まれた国がローラの祖国へ向けた軍事侵攻を開始し、二国間で戦争が勃発する。戦争に異を唱えたことで、大学教授らから叱責を受けるミカエル。一方、敵国出身のローラは、国外退去命令が出されてしまう。離れ離れになっても2人はSNSを通じて、ミュージック・ダイアリーを続けた2人だが、戦争反対を唱えるミカエルは捕えられ、軍に強制入隊させられてしまう。

舞台上にある2台のピアノの調べに合わせ、作品は朗読劇のスタイルで語られていく。岩代が原案・作曲、ドラマ『イグナイトー法の無法者―』の脚本でも話題の山田能龍が原作、近年は国内外で精力的に活動している須貝英が脚本を担当、という座組の作品だ。岩代太郎といえば、数多くの映画音楽を手掛けてきたことで知られる存在。近年だけでも北野武監督作品『首』や朝井リョウ作品『正欲』など注目作が並んでいるが、人間同士の細かな感情の機微まで音楽で表すような、ドラマチックでありながら繊細な音楽を作り出すクリエイターという印象だ。この「奏劇」はまさに彼だからこそできる上演スタイルと言えるだろう。

というのも、演者と同じくらいこの作品の登場人物となっているのは「音楽」。2台のピアノのの調べは、今作の主人公であるミカエルとローラのごとく時に一緒に、時にそれぞれで旋律を奏でていく。朗読劇なので、わかりやすい舞台美術や他の登場人物、派手な演出などはない。でも、観る人の想像力を喚起し、目に見えない物語世界を補完する役割をピアノ演奏が担っている……そう感じさせるほどに、今作のために書き下ろされた音楽は素晴らしい。
実は今作、朗読劇ではあるが、俳優たちが時折身体を使う部分もある。作品によって、例えば台本は手に持ちつつ普通の舞台さながらの動きを見せる場合もあれば、椅子に座っているだけで基本的には最小限の“朗読”だけで見せていく場合など、さまざまなスタイルを見せるのが朗読劇の面白さ。しかし今作は、前者のような具体的なアクションでもなければ、後者のようなミニマムなスタイルでもない。ときどき入るのが、さながらコンテンポラリーダンスのような、登場人物たちの心情を身体で表す表現。けして多くはないものの、基本的には動きが抑制された朗読劇というスタイルの中で、これらの場面は強烈な印象を残す。

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