“子宮”をテーマにしたSFコメディをどう捉えればいい?
映画『ポッド・ジェネレーション』監督が提起する、AIと過ごす未来に向けた問題とは
2023.12.03 17:00
ソフィー・バーセス監督
2023.12.03 17:00
悲観的であり楽観的である未来
──私もそう願います。本作で印象的なのはエミリア・クラーク演じる主人公の変化と成長ですが、彼女のキャラクター性について詳しく教えてください。
レイチェルはとてもアンビバレントな性格なので、演じるのが難しい役でした。彼女はいつも自分が欲しいと思っていることと、本当に欲しいことの狭間で揺れ動くんです。彼女が見る妊娠の夢は、30代半ばの自分に妊娠・出産の期限が迫ってきていることの焦りを象徴していて、つまり本当は自然な方法で子供を産みたいという考えの表れなんですよね。でも、彼女は自分自身にそれを許さない。なぜなら彼女を取り囲む社会が“子宮の商品化”を通して、妊娠を最も実用的な方法で済ませようとさせる圧力をかけているから。劇中のレイチェルと、彼女の働く会社のことは実際にアメリカで起きていることに基づいて描かれています。
今、アメリカには女性労働者に一万ドルの助成金を支給し、卵子を凍結して後で赤ちゃんを産めるようにする企業が多く存在する。その事実を読んだ時、私はとてもショックを受けました。それって本当にフェミニスト的なのか、と。だって「男性と対等になりたいなら、卵子を凍結して男性のようになれ。そうすれば出世できる」と言われているように感じるから。もし本当のフェミニストなら、「あなたが子供を産みたいなら、私たちはサポートします」って言うと思うんですよね。スカンジナビア諸国はよくやっていると感じますが、アメリカにおけるフェミニズムの考え方には少しショックを受けました。“強い女性になりたいのなら、男性になればいい”というメッセージは、決して“女性としてのあなたの状態を受け入れ、助け、支えます”とは同じではありません。
本作の主人公は、こういうことを全て生活の中で感じるんです。ただ、彼女は周りを喜ばせようとする性格で、劇中でも会社を喜ばせようとして自分のことは考えていません。しかし、物語が進むにつれて自分の潜在意識が夢となり、何かが足りないことに気づいていく。テクノロジーは彼女の人生を単純化するどころか、むしろ複雑にしているんですよね。“ポッド妊娠”を選択し、胎児が誕生してもレイチェルは赤ちゃんが自分の中にいないから、どのように繋がるか、どんなふうに関係を築いたらいいか常に考えてしまいます。
一方、懐疑的だった夫のアルヴィは「ポッド」に愛着が湧いてくるんです。植物学者であるが故に彼は「ポッド」のテクノロジーではなく、中にいる赤ちゃんを見ている。しかしハイテク企業に勤めるレイチェルは赤ちゃんを見る代わりに、テクノロジーを見ているんですね。偶然にもアルヴィを演じたキウェテルは撮影中に子供が産まれたこともあり、彼が父親になる過程を間近で見ながら撮影するのはとても面白くて、とても美しい体験でした。彼のリアルな感情が映されていて、そういう意味で本作はドキュメンタリーになりつつあったのです。
──AIの発達によって人間の仕事が奪われる、など危惧されることが多いように感じます。監督ご自身はこれについてどう考えますか?
そうですね。私もWGAの一員ですが、脚本家と俳優がハリウッドでストライキをした理由もここに起因していると思います。そして今回のストライキは、恐らく人間が機械による置き換えに反対した最初の運動だったのではないでしょうか。数年後には人工知能によって映画が作られるようにもなると思います。それはつまり、すべての創造的な仕事は機械に奪われかねないということ。
かつてジョージ・オーウェルは「少数派の人々が大多数の人々にとって何が最善かを決める時、あなたはすでに全体主義体制にいる」と言いました。つまりシリコンバレーが私たちに押し付けているものも、ある種の全体主義的な文化体制と言えるでしょう。彼らは、人文科学のための決定を日々下している。その決定とは、人々の関係の築き方や仕事の動向を大きく変えるような、大きなものです。我々にとってそう感じられた最初のものがソーシャルメディアだったと思いますが、これ自体もあまりうまくいかなかったと思います。だって、SNSの犠牲になった世代が存在するのだから。多くのアメリカの子供たちがソーシャルメディアに完全に依存している今を見ると、タバコやドラッグを与えたのと同じだと感じるんです。彼らの子供時代を破壊したのだから、もうここまでくると現状を笑ってはいられません。
ただ、AIやテクノロジーの発展の全てがネガティブなわけではないと思います。がんや気候変動をめぐる問題の解決に役立つツールになるだろうし、津波や地震を正確に予測できるようにもなる。もちろんテクノロジーは人類を大いに助けていますが、それと同時に語られていないこともあること、それがどんな影響を与えるのか人々は気づけていないとも感じています。
だからテクノロジーの発展に対して私は悲観的でもあれば、楽観的に捉えている部分もあるんです。私たちは常に解決策を見つける。しかし、一方で問題も生み出してしまうでしょう?テクノロジーが人類に対してどんなに役に立っても、常に負のダークサイドは存在するものです。だから哲学的な倫理観を持たなければいけないと感じています。
※以下、本編のラストに触れる内容となります。
──本作のラストで、「ポッド」を開発した会社の創設者が「子供が親を選ぶ時代が来る」と言うのが印象的でした。このセリフで映画を締めた意図を教えてください。
この言葉はフランスの哲学者、ベルトラン・ルーセルのものです。これを入れた意図としては、近年ジェフ・ベゾスやイーロン・マスクがインターネット上でクレイジーなことを言い続けているので、“創設者”である彼にそういうセリフを言わせることで重ねたかったんです。イーロン・マスクは以前、出生率の低下を心配し「火星への移住に十分な人口が必要だ」とツイートしました。すると誰かが「ああ、心配するな。人口子宮と呼ばれる技術を開発すれば効率的に赤ちゃんが作れて、火星に住まわせることができる」と答えた。今日の世界を率いる人たちが、こんな会話をしているんですよ。私たちは撮影中にこれを見て、正気の沙汰ではないと思いました。テクノロジーの世界がいかにクレイジーなものになっているのか、明らかになった瞬間でしたね。あのセリフで映画を終わらせたかったのは、このセリフから創業者が決して止まらず、より多くの技術を開発し続けるだろうということを示唆したかったんです。
──最後に日本の観客に向けたメッセージをお願いします。
皆さんが笑い、同時に怯えることを願っています(笑)。皆さんが問題意識を持ち始め、人間について、母親、父親でいることの意味についてもっと考えてもらえると嬉しいです。提起されたあらゆる問題は今後数十年間解決しない、終わりのない問いになると思います。しかし、再度私たちはテクノロジーの便利さのために人間性を失う準備が本当にできているのか、考えるべきでしょう。