ヒップホップで社会を生き抜く! 第14回
ジェイ・Zのラップスキルを紹介、自由なフロウと言葉遊びが効いたパンチラインを駆使するMC
2023.03.12 18:00
2023.03.12 18:00
言葉遊びとパンチライン
ジェイ・Zのフロウ以外で特出するべき点としては、言葉遊びが効いたパンチラインであろう。彼の「Brooklyn Go Hard」の“野球”と“ドラッグディーラーとしての生活”をかけたパンチラインは特に複雑で、彼の巧みなリリシズムを垣間見ることができる。直訳すると意味のわからない日本語になるが、歌詞は以下の通り。
I Brooklyn-Dodger them
I jack, I rob, I sin
Aw, man—I’m Jackie Robinson
‘Cept when I run base, I dodge the pen
俺はブルックリン・ドジャーする
俺は盗み、罪を犯す
あぁ、俺はジャッキーロビンソンだ
しかし塁を回るときは、ペンを回避する。
Dodge(回避する/ドジャース)
この日本語だけ見ると意味がわからないが、まずは「ブルックリン・ドジャーする」という箇所。ブルックリン・ドジャースは1884年から1957年まで実在した野球チームである。そして「ドジャース」の「Dodge(ドッジ)」という単語には、「避ける」という意味があり、ここでは野球の「ブルックリン・ドジャース」と、「ブルックリンにて警察を回避する」という2つの意味がかかっている。
ジャッキー・ロビンソン
その後の「I jack, I rob, I sin. Aw man, I’m Jackie Robinson(俺は盗み、罪を犯す。あぁ、俺はジャッキーロビンソンだ)」が一番の言葉遊びとなる。ジャッキー・ロビンソンはメジャー・リーグで初めてプレイした黒人野球選手であり、スポーツにおける「平等」を象徴した歴史的偉人として知られている。「I jack, I rob, I sin」は「俺は盗み、罪を犯す」という意味であるが、このフレーズに使用されている言葉である「Jack」「I」「Rob」「I」「Sin」を続けて音読みすると、「Jack I Rob I Sin(ジャッキー・ロビンソン)」という発音になるのだ。
ジェイ・Zは、「俺はブルックリンを代表する黒人スポーツ選手のジャッキー・ロビンソンのような存在だ」ということを示すために、「I jack, I rob, I sin(俺は盗み、罪を犯す)」というフレーズで「ジャッキー・ロビンソン」という発音を作り出し、その後「あぁ俺はジャッキー・ロビンソンだ」とラップする。こちらでも「野球」と「ギャング的なライフスタイル」が二重でかかっている。
Pen(ブルペン/牢屋)
そして最後の「‘Cept when I run base, I dodge the pen」は直訳をすると「しかし塁を回るとき、ペンを回避する」。「I dodge the pen」の「pen(ペン)」は、野球の場合はブルペンのことであろう。このパンチラインの意味を考えると、ジェイ・Zはブルペンではなくベンチという意味で使っていると予想できる。さらにはペンには牢屋という意味もあり、「I dodge the pen」は「牢屋を回避する」という意味でもある。
Run(走る/支配する)
「run base」は野球では「塁を回る/走る」という意味で、「でも俺は塁を走ったときも、ペンには帰ってこない」という意味が出来上がる。「run base」のもう一つの意味としては、「Run」には「支配する」という意味があり、「Base」には「自分のテリトリー(縄張り)」という意味がある。そのため、「しかし縄張りを支配するとき、俺は牢屋を回避する」というフレーズをラップすることにより、「俺はジャッキー・ロビンソンのような存在だけど、ベースを回ってもベンチに帰ってこないところに関しては彼とは違う」と、二重の意味がかかっている。
彼は同音異義語を駆使することにより、
I Brooklyn-Dodger them
俺はブルックリン・ドジャーする/ブルックリンにて警察を回避する
I jack, I rob, I sin. Aw, man—I’m Jackie Robinson
ジャッキー・ロビンソンのような存在だ/俺は盗み、罪を犯す
‘Cept when I run base, I dodge the pen
ベースを回るときはベンチに帰ってこない/縄張りを支配するとき、俺は牢屋を回避する
というように、上手く2つの意味をもたせている。「ブルックリン・ドジャーズ、ジャッキーロビンソン、塁を走る、ペンを回避する」という野球の意味合いと、「元ドラッグディーラーとして、盗みなどの罪を犯したが、自分の縄張りを支配するときは牢屋を回避している」という意味合いがバチッとかかっているのだ。「俺はジャッキー・ロビンソンだけど、BaseをRunするときはペンを回避するところに関しては、野球選手とは違うけどな!」というウィットに富んだジョークのようなパンチラインを披露しつつ、自分がジャッキー・ロビンソンのようにアフリカ系アメリカ人にとって大きな影響であることも示している。まさに最高峰の言葉遊びである。
エンターテイメントの分野以外にも、スポーツ、飲料ブランド、飲食店、不動産、教育など、さまざまな分野で起業家として成功を収めたジェイ・Z。今回は彼のラップスキルの一部を紹介した。2022年にリリースされたDJキャレドの「God Did」におけるジェイ・Zのヴァースも大きな話題になっており、音楽をリリースする頻度は減ったとしても、彼のラップスキルは衰えることは知らない。