2023.02.10 12:50
2023.02.10 12:50
「来てよかった」の言葉以外何もいらない
──今作はもともと、2020年に本所松坂亭という小劇場でスタートした作品ですよね。それが2022年の大阪公演を経て、今回はキャストが変わっての東京公演。作品もよりアップデートされていく感じなのでしょうか?
僕の理想というのがありまして。例えば新しくお店を開店するとしますよね、そしたらまずはよくあるお酒を何本か置いておく。来てくれたお客さんに「ナントカってお酒ある?」と聞かれたら「申し訳ない、オープンしたばっかでまだそこまで用意できないんです、なんという銘柄のお酒ですか?」って聞いてメモしてね、次にお客さんが来店したときにはそのお酒を置いてあるようなお店でありたい。演劇もそんな感じで、一つの作品にしてもお客さんの反応を見たり、興味を惹かれたものやアイデアなんかをどんどん取り入れながら新しく、進化させていきたいんですよね。
──そこはお客様の反応に合わせて柔軟に、と。
本当だったら客席やロビーでお客さんの反応を観たいんですよ。今、新型コロナウィルスの対応でお客さんの反応がなかなか観られないのが本当に辛いんですけどね……。よく話してるエピソードなんですけど、僕にとってすごく素敵な思い出がありまして。劇団☆新感線の『大江戸ロケット』という作品を観に行ったときのことなんですけど、僕の座った席の後ろにカップルがいたんですね。公演が終わって帰るときに、立ちながらその彼氏のほうが「面白かったね、来てよかったね」と言ったんです。それ、最高の言葉じゃないですか? 演劇を作る人間にとって、「来てよかったね」って言ってもらえるのって、それ以外もう何もいらないなと思って。自分の舞台では客席のお客さんの言葉を聞く機会はなかなかないですけど、ほら出てたりもしますから(笑)。でもその経験以来、あの言葉をずっと目標にしてるんです。
──「お客さんに喜んでもらいたい」という思いが、錦織さんが作品を作られる原動力としても大きいのでしょうか?
やっぱりその精神は、ジャニー喜多川という人に教わったなと思いますね。本当に「ファンの人たちはこれを見たら楽しいんだろうな」、そればっかりを考えて、飽くなき戦いをしてきた人ですから。僕は身近で見てきたので、そこはよく知っています。ただ、僕はまだジャニーさんのようにはできないなとは思いますね。
僕にとって芝居……演劇って「接客」なんですよ。実は30代後半のときに、友達と共同でダーツバーを経営していたことがあるんですね。そのとき、最初は「お金を使うお客さんとそうでないお客さんで態度を変えるのかな」とか思ったんですけど(笑)、意外とどんなお客様にも態度を変えずに、「ありがとうございました」と頭を下げられる自分がいて。そのときに「ステージも“接客”じゃないか」と気づいたんですよね。どんな場所であれ、お客様に喜んでいただいて、満足していただいて帰っていただく……これなんだなと。それ以降、演劇も「客商売」だと思うようになったというか、ちょっと考え方が変わった気がします。
──近年は演出家としての活躍が多い錦織さんですが、稽古場の様子を拝見しているとすごくエネルギッシュですよね。錦織さんの存在自体がエンターテインメントだなと思うのですが、「演出スタイル」で意識されていることはあるのでしょうか?
もしかしたら「予行練習」を自分の中でしてるのかもしれないですね。もちろん、稽古場にいる人数は劇場でお客様が入ったときよりは全然少ない。でもそんな数名、数十人のスタッフたちと一緒に作っていて、その現場を楽しい雰囲気にできない人間は、舞台で大勢の人を喜ばす仕事にふさわしくない気がしてしまうんです。僕は自分の演出する舞台というのは、「出演者に楽しんでもらう」というのも大事にしたいんですよ。出演者が楽しく演じて、観てくれるお客様がそれを観て楽しんでもらえる。それが一番Win-Winじゃないですか?
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