2026.03.03 18:00
2026.03.03 18:00
「普通」や「当たり前」は人の数だけある
──本作のような現実の社会を描いた作品に取り組むのって、生活者としての感覚がすごく大切になってくるんじゃないかと思います。山谷さんとしてはどうですか?
私自身も、なくてはならないものだと思います。ここ数年、生きるために働いているのか、働くために生きているのかを考える時間が増えました。もちろん、どっちも大切。作品があって、役があるからこそ私の仕事があって、生活がある。そして、私は私の生活があるからこそ、演じる役と私だけの共通点を見出すことができる。そう考えています。

──やっぱり、切り離しては考えられないものだと。
芸能の世界に子供の頃から身を置いていると、考え方やものの見方が偏ってしまうこともあります。自分にとって当たり前だと思っていたことが、一般社会だとそうではなかったり。こうして私は特殊な仕事をしていますが、私自身は特別な人間ではない。この考え方を大切にしています。とか言っておきながら、2年後くらいには完全に染まっていたりして(笑)。
──それはそれで面白いですよ(笑)。
でも、思うんですよね。芸能人になるために私は生まれてきたわけじゃないって。もちろんこの仕事をしている以上、自分が商品であることは自覚しています。でもそれ以前に血の通った人間だから、他人の痛みや気持ちに寄り添える存在であり続けたい。他人に共感できる人間であり続けたい。
──そうした姿勢が、ひるがえって俳優業にも生きてくるんでしょうね。
そうだったらいいなと思います。日常的に身を置いている世界が違うと、価値観ってまるで変わってきますもん。異業種に就いている友人たちとの交流が増えたのですが、私の知らないことをみんなが教えてくれます。すごく新鮮ですよ。個人の「普通」や「当たり前」って、人の数だけありますね。

──この場にいる人々の「普通」や「当たり前」も、同じようでいて、じつは違ったりします。
「普通」って何なんだろう。世間の大多数の人々が考えていることや行っていることが、きっといまの「普通」をつくり上げているんでしょうね。
──そう言えると思います。
そこにうまく乗っかることができなかったのが、私のような人間なのかもしれませんね。
──これまでに山谷さんはいろんな監督とタッグを組まれてきましたが、白金監督との映画づくりはいかがでしたか?
言葉の壁がどうしてもあったので、お互いの意図を正しく交換できているのか、ちょっともどかしさを感じていたのが正直なところです。
──この作品をとおしてだけでなく、監督とのやり取りの中でも“言葉”について考えていたんですね。
細かなニュアンスの違いを受け取ることができるかどうかで、結果が大きく変わってきますからね。撮影監督の宗賢次郎さんが間に立って、現場をまとめてくださっていた印象があります。とはいえ、少しでも私なりに監督の言葉を受け取って、その考えや想いに歩み寄りたいと考えていました。
──真心で。
はい。現場では譲り合いや、すり合わせが必要ですからね。だからこそ、お互いの意図を確実に交換できないと歯痒いんです。

──映画だけ観ると不穏な印象ですが、実際の現場の空気はどんなものだったんですかね?
監督はすごく陽気な方なんですよ。よく笑う方ですし、おしゃべり好きなイメージ。だから和やかでした。といっても、私が現場でご一緒できたのはかぎられた時間でしたけど。
──そうか、出番が序盤の方に集中しているから。
そうなんです。だから後半の過激なシーンをどういう空気の中で撮っていったのか、私も気になります。
──それにしてもすごいですよね。中盤以降の登場は遺影ばかりですが、明希の存在を最初から最後までずっと感じる。
私もです。
──山谷さんご自身もなんですね。
なんだかずっといるな、と思っていました。しかも、遺影の印象も変わってくるんですよね。物語が進むにつれて、悲しそうに見えたり。
──たしかに、遺影の中の明希の印象はどんどん変わっていきます。
たんにシワシワになっていったというのもあると思うのですが、やっぱりあれは写真だから、明希は自分の思いを口にすることができないわけですよね。本来の明希像が壊されて、信治が向き合う物語に沿った虚像がつくり上げられていく。そんな印象がありました。
──観客もその一員になります。
映画を観てくださる方々の目にどう映るのか、とても気になります。

スタイリスト:髙橋美咲 (Sadalsuud)



