映画『佐藤さんと佐藤さん』から考える大事な価値観とは
“気にしい”3人は現代社会に何を願う?岸井ゆきの×宮沢氷魚×天野千尋監督の本音交換会
2025.12.08 18:00
2025.12.08 18:00
大切にしたい人を、どうして上手に大切にできないのだろう。
映画『佐藤さんと佐藤さん』は。幸せな恋愛結婚をして家庭を築いた男女が、すれ違いの末に別れを選ぶまでの15年を描いたマリッジストーリー。活発な佐藤サチと、真面目な佐藤タモツ。最初は自分とまるで違う相手の性格をいとしく思っていたはずなのに、時が流れ、立場が変わっていくうちに、やがて自分とまるで違う相手の性格に苛立ちを覚え、不満が募っていく。
弁護士の夢を追いかけるタモツを応援するために一緒に司法試験を受験したところ自分だけが合格してしまい、思いがけず一家の大黒柱となるサチを岸井ゆきの、何度司法試験に挑んでも狭き門に跳ね返され、子育てに夢を追う時間と気力を削り取られていくタモツを宮沢氷魚が演じている。
どうすれば二人の結婚生活はもっと違う結末を選べたのだろうか。監督の天野千尋をまじえた三人がリアルな本音を語ってくれた。
子どもを育てるって、自分だけで生きられない人生になること
──好きで一緒になったはずなのに、結婚生活の中で少しずつすれ違っていくサチとタモツ。みなさんはどちらの言い分のほうがわかるなと思いましたか。
宮沢 僕はタモツの気持ちのほうがわかります。
岸井 私も。ここは同じなんだよね。
天野 そうなんだ。
宮沢 天野さんはどうですか。
天野 私は両方体験したんですよ。ワンオペで家事育児をやって夫の稼ぎに頼って生きるタモツみたいな時期もあったし。こうして仕事に復帰すると撮影中は家のことなんて絶対にできないからサチの気持ちもわかる。だから、どっちか決められないんだけど、あえて選ぶならサチかな。サチを応援してあげたい。
岸井 応援はしたいんですよ。応援はしたいんですけど、私自身、タモツと性格が似ているというか。サチって思ったことをパッと言葉できるじゃないですか。でも私はすぐに言葉にできないタイプ。伝えたいと思ったときにはもう遅くて結局言いたいことが言えないまま溜まっていっちゃう。だから、タモツの気持ちがすごくよくわかる。
宮沢 同じです。僕も黙っちゃう。

天野 私ももともとの性格はタモツだったんです。でも結婚して子どもが産まれたら、お互い気持ちをぶつけ合って小競り合いの日々になっちゃって。
岸井 その話、本読みのときにもされてましたよね。私は変わったとおっしゃっていたのを覚えてます。
天野 あんなに穏やかだったのに、なんでこんなに刺々しい人になったんだろうって。
宮沢 それは急にですか。それとも徐々に?
天野 なんて言うんだろう。子どもを育てるって、自分だけで生きられない人生になることだと思うんですよ。そうすると、家で育児をする側は外で自由に働いてきた側に対して、どうしたって不満が溜まる。これは私も夫もお互いです。撮影を終えて帰ってきた私を夫が恨めしそうな目で見てくるし、その逆もあった。立場が変わると見える世界がこんなにも違うんだなって思いましたね。

──今のところタモツ擁護の意見が多めなので、あえて逆張りをするのですが、タモツのコミュニケーションってちょっとズルいじゃないですか。自分の考えをちゃんと相手に伝えるという意味ではサチのほうが誠実で。そのときは黙っていて、あとから「ずっと思ってたんだけど」みたいな爆発のさせ方をするのはフェアじゃないなって。
宮沢 ちゃんと早く言えよっていうのはわかるんです。でもタモツは意図的にやっているわけではなくて。基本的には相手を傷つけたくないんです。あとは、自分を守るために言葉を選んでしまう。どういう言い方をしたら自分も相手も傷つけずに丸く収められるかを考えているうちに次のハプニングが起きて追いつけなくなって。でもしこりは残ってるから、どこかで出さないとパンクしちゃうんですよね。
──もしタモツから夫婦仲がうまくいってないんだって相談されたら、みなさんはなんとアドバイスしますか。
岸井 そもそもタモツはそれができないんですよね。もっと人に相談できていたらよかったんですけど。
天野 相談するのもちょっと引いちゃうというか。
宮沢 勝手に自分でバリアを張っちゃうんですよね。自分はこんなに苦しんでいるのに、周りは楽しそうな人生を歩んでいるなって。自ら自分を遠ざけることで、深いところに入っちゃって、そこから抜け出せなくなっちゃうっていう。
岸井 え? それ私のこと言ってますか? 自分を遠ざけちゃうって、今すごい腑に落ちました。
宮沢 わかる?
岸井 わかるよ〜。ありがとう、言葉にしてくれて。

──岸井さんも相談ができないタイプですか。
岸井 できないですね。相談するときは本当に最後の最後。あんまり自分をさらけ出すことができないんだと思う。
──では、どうやって鬱屈したものを発散しているんでしょう。
岸井 私は18〜19歳くらいのときからずっと書くようにしています。何か出来事を書くというより、思いついた言葉を書いて、目に見える形で残す。
天野 わかります。書いていると、それによって心が整理されて落ち着きますよね。
岸井 そうなんです。解決にはならないんですけど、可視化されるだけで楽になれるところがありますね。

──ちなみに、サチが相談してきたらなんて返答しますか。
天野 劇中にもそういうシーンがありますが、サチはやっぱりタモツみたいにアイデンティティが揺らいでしまっている人の苦しみを、本当の意味で想像はできていないと思うんです。だから、そこを見ろよと言うかな。
宮沢 僕は全面的にタモツを守りに行きます(笑)。「言いたいことはわかるけどさ、きっとタモツはこういうふうに思ってると思うよ」って全力でタモツを守る。自分がタモツと同じ人間だから。
岸井 わかります。私もタモツ自身が言語化できないことを補って言おうとしちゃう。
宮沢 ここがたまたまタモツ寄りですけど、きっとサチに共感する人もたくさんいると思うから、サチと近い人たちが映画を観終わったあとに話し合ってるのを見てみたいですね。
岸井 タモツのこと、めっちゃ言われてそうだよね。
宮沢 ね(笑)。ちょっと見てみたい。
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