アーサー・ミラーが書いた80年前の戯曲はなぜ今響くのか?
座長・川島如恵留が体現する、誰しも思い当たる空虚さとは?舞台『すべての幸運を⼿にした男』開幕
2025.11.17 19:00
2025.11.17 19:00
Travis Japanの川島如恵留が初単独主演を務める舞台『すべての幸運を⼿にした男』が、11月14日(金)より東京・東京グローブ座で開幕。同日に公開舞台稽古と記者会見が行われた。
アメリカ中西部の小さな町。デイヴィッド・ビーヴス(川島如恵留)は、独学で技術を身につけ、自宅の納屋で小さな自動車整備工場を営んでいる。兄・エイモス(大野拓朗)は野球選手を夢見て懸命に練習を重ねるが、一向に芽が出ない。それでも父・パターソン(羽場裕一)は兄に夢を託し続けている。恋人のヘスター(花乃まりあ)とは7年にわたって交際しているが、彼女の父から強く反対され、いまだに結婚には至っていない。裕福な商人であるJ・B・フェラー(駒木根隆介)、両足が不自由な元軍人のショーリー(永島敬三)ら周囲の人々とともに日々を過ごしていたデイヴィッドだが、ある夜を境にデイヴィッドの人生は次々と幸運に彩られ始める。しかし、自らの力で何かを成し遂げた実感がない彼は、次第に将来への不安を募らせていく……。

これぞストレートプレイ! という感触が残る、濃密さと緻密さが満ちた作品だ。この『すべての幸運を手にした男』は、『サラリーマンの死』や『橋からの眺め』などで知られる米国の劇作家、アーサー・ミラーの初期作であり、初演は1944年。新訳では日本初演というが、およそ80年も前に書かれた戯曲ながら、そこに描かれた内容はけして「昔のこと」のようには思えない。名作たるゆえんか、演出の巧みさか……いや、その両方なのだろう。
実際に舞台を観た人の殆どが、主人公役・デイヴィッドを演じた川島如恵留が、実は今作で本格的なストレートプレイに初挑戦ということを知って驚くのではないだろうか。今作で演じたデイヴィッドは勤勉さと、周囲の人に愛される魅力を持ちながら、本人はそれを自覚せず常に不安を抱えており、どこか神経質のようにも見える人間だ。海外での活動も多いTravis Japan内でも飛び抜けた英語力を持ち、グループ内でも知的な印象が強い普段の彼を知ると意外な役にも思えるが、繊細さと優しさを兼ね備えたデイヴィッドという役は、見事に彼のキャラクターと一体化。そこにいるのは類稀なるダンス力を持って活躍するグループのメンバーではなく、アメリカの小さな町で、自分の人生と運命を受け入れて日々を過ごす平凡な青年だ。

初日前会見でも「このステージに立って、緊張の“き”の字もなくて、すごくワクワクしている。たくさん準備してきたんで、何も怖がることがない」と語った川島。演出のリンゼイ・ポズナーも「稽古を通して如恵留さんが非常に成長して、どんどん役を掴んでいく様を見るのがとても嬉しかったですし、そして本当に完璧を求めて彼が稽古をしていく様というのは非常に感心するものがありました」と語ったが、川島がどれだけ今作に必死に向き合ってきたかは、舞台上での堂々たる佇まいから察することができる。だからこそ、後半に向けてデイヴィッドが自分の幸運を受け入れられず、生活や精神の均衡を崩していってしまう様子は、観ていてとても心が痛むし、緊張感が走る。
彼を支える他のキャストに手練れが揃ったのも、今作の安定感の理由だろう。あまり良くない親子関係で育ったであろうに朗らかで明るく、デイヴィッドとのカップルぶりが微笑ましい花乃まりあのヘスター。兄・エイモス役の大野拓朗は野球選手らしい体格の良さはさることながら、ミュージカルなどで見せる華やかさは今回封印、運命に翻弄されていく様子を見事に演じている。父、パターソン役の羽場裕一、デイヴィッドを見守るJ・Bとショーリーという対象的なキャラクターの2人を演じた永島敬三と駒木根隆介、ヘスターの父とエイモスのスカウトという対象的な2役を演じた大石継太ら、ベテランのバイプレーヤーたちとデイヴィッドの若々しさの対比もまた、今作の世界観をリアルに浮かび上がらせているようだ。


また、ひときわ印象を残したのはデイヴィッドが運命を変える夜にたまたま訪れ、彼とともに働くようになるガスタフ役の古河耕史。新国立劇場演劇研修所出身、ストレートプレイ、翻訳劇への出演も豊富な彼だが、その佇まいだけでオーストリア人でありデイヴィッドたちが暮らす町ではどこか“異邦人”であるガスという役を、見事に表現している。

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